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兵庫県の前総務部長が書類送検された。
あの告発文書問題で、元県民局長の個人情報を漏らした疑いだ。
だが「起訴は極めて困難」との専門家の指摘もある。
何が起きていて、今後どうなるのか。
この記事でわかること
書類送検は「2件」あった――同日にもう1人の県職員も対象に
兵庫県警は2026年2月13日、井ノ本知明前総務部長を守秘義務違反の疑いで書類送検した。同日、別の県職員男性も送検されている。
神戸新聞の報道によると、兵庫県警捜査2課が井ノ本氏を地方公務員法の守秘義務違反の疑いで書類送検した。
書類送検とは、逮捕せずに捜査書類を検察に送る手続きだ。
起訴・不起訴の判断は神戸地検に委ねられる。
📄 送検容疑の概要
産経新聞の報道によると、送検容疑は2024年4月ごろ、元西播磨県民局長(故人)の公用パソコンにあった私的情報が印刷された資料を、県議3人に提示するなどして秘密を漏えいした疑い。県警は認否や処分意見を明らかにしていない。
もし自分の個人情報を、勤め先の上司が「根回し」と称して外部の人間に見せていたらどう思うか。
この事件の核心はそこにある。
ニュースの見出しだけでは見えにくいが、同日にもう1件、県職員の男性も書類送検されている。
神戸新聞の別の報道によると、この男性は元県民局長の私的情報に加え、副知事からの事情聴取の音声データを外部に流出させた疑いだ。
産経新聞の報道では、流出した情報はNHK党の立花孝志被告(名誉毀損罪で起訴済み)が2024年11月以降にネット上に投稿した。
県の第三者委員会は、拡散されたデータが県保有情報と「同一」と認定している。
つまり、同じ「守秘義務違反」でも2件はまったく別の経路だ。
| 井ノ本氏の事件 | 県職員男性の事件 | |
|---|---|---|
| 漏えい先 | 県議3人(対面で提示) | 外部→ネットで拡散 |
| 漏えい内容 | 私的情報の印刷資料 | 私的情報+音声データ |
| 背景 | 「議会への根回し」 | SNSでの拡散 |
| 告発者 | 長瀬猛県議(県警へ) | 県(容疑者不詳で県警へ) |
神戸新聞の報道によると、斎藤元彦知事は書類送検を受けて「詳細は承知していない」「私自身が漏えいに関する指示をしたということはない」と改めて関与を否定した。
県警はこの2件をもって「県政をめぐる主な捜査を終えた」とされる。
焦点は検察の判断に移った。
告発から書類送検まで――約2年の全経緯
なぜこの問題はここまで長引いたのか。時系列で振り返る。
① 2024年3月:元西播磨県民局長が斎藤知事らを告発する文書を匿名で送付
② 2024年4月:県が告発者を特定する調査を実施。公用パソコンから私的情報を発見。井ノ本氏が県議3人に私的情報を提示したとされる
③ 2024年5月:元県民局長が停職3カ月の懲戒処分を受ける
④ 2024年7月:元県民局長が死亡
⑤ 2024年10月:井ノ本氏が百条委員会に出頭。私的情報の印刷・所持は認めたが、漏えいの詳細は証言を拒否
⑥ 2025年5月:県の第三者委員会が報告書を公表。漏えいを認定し「知事の指示の可能性が高い」と指摘。県は井ノ本氏を停職3カ月とするも、刑事告発は見送り
⑦ 2025年6月:長瀬猛県議が県警に告発状を提出。上脇博之・神戸学院大教授が井ノ本・斎藤・片山の3人を神戸地検に告発
⑧ 2025年8月:県警と地検がそれぞれ告発を受理
⑨ 2026年2月13日:県警が井ノ本氏と県職員男性を書類送検
停職3カ月からの「復帰」
2025年5月の第三者委報告書は、情報漏えいを認定しただけではない。
「斎藤知事や片山安孝元副知事の指示により、県議会への根回しという趣旨で伝えられた可能性が高い」と踏み込んだ。
県は報告書を受けて井ノ本氏を停職3カ月の懲戒処分にした。
免職にはしなかった。
そして処分明けの8月28日に職務復帰すると、わずか4日後の9月1日付で県競馬組合の副管理者に異動した。
部長級のポストだ。「栄転ではないか」との批判が相次いだのも無理はない。
県は告発できなかった
ここで注目すべき構造がある。
通常、組織内で犯罪行為が認定されれば、雇用主である県が刑事告発を行う。
ところが産経新聞の報道によると、県は刑事告発を見送った。
理由は「社会的制裁を受けた」からだという。
だが本当の障壁は別にあるだろう。
第三者委が「知事の指示の可能性が高い」と認定した以上、知事がトップを務める県が告発を行うのは事実上むずかしい。
指示した側が告発する矛盾に陥るからだ。
🔍 この事件の構造的問題
県が告発できず、与党県議が代行した。指示した疑いのある知事がトップの組織では、自浄作用が働きにくいという構造が浮き彫りになった。
書類送検という手続き上の節目を迎えた。
だが肝心の刑事処分はこれからだ。
そしてこの事件には、起訴を阻む法的なハードルがいくつもある。
起訴は「極めて困難」?――元特捜検事が指摘する3つの壁
元特捜検事の郷原信郎弁護士は「起訴の可能性は極めて低い」と分析している。理由は3つの法的ハードルだ。
書類送検と聞くと「いよいよ刑事処罰か」と身構える人が多いだろう。
ネット上でも「厳正な判断を」「刑事責任を問うべき」との声が目立つ。
ところが、元特捜検事で弁護士の郷原信郎氏は2025年12月の分析記事で、「起訴の可能性は極めて低い」と結論づけている。
壁①:漏えいした「中身」が特定されていない
守秘義務違反で罪に問うには、漏えいした情報の「内容」が具体的に特定される必要がある。
郷原氏によると、第三者委の報告書では県議3人が「口頭での説明を受け、紙を提示された」とある。
しかし3人とも中身を見たとは述べていない。
📌 郷原氏の指摘
「刑事事件としての秘密漏洩は、その内容が特定されて初めて『漏洩罪』の成否を論じることができる」
何が漏れたのかが特定できなければ、そもそも犯罪の成否を論じられない。
壁②:「緑ファイル」は法律上の「秘密」に当たるか
守秘義務違反の対象となる「秘密」には、判例上、2つの条件がある。
ひとつは、組織が秘密と決めた情報であること(形式秘)。
もうひとつは、内容的に本当に秘密として保護すべき情報であること(実質秘)だ。
井ノ本氏が県議に見せたとされるのは「緑ファイル」と呼ばれる資料だ。
部下に指示して印刷・製本させ、総務部内の幹部数人で所持していた。
郷原氏はこの緑ファイルについて「組織として正式に秘密指定して管理していたとは言い難い」と指摘する。
個人のプライバシーを含む要保護性の高い情報だが、秘密指定の手続きが曖昧なままだった。
壁③:知事の指示があると「秘密」でなくなる?
3つ目の壁が最も逆説的だ。
第三者委の報告書は、斎藤知事が井ノ本氏に「議員に情報共有しといたら」と指示した認定をしている。
片山元副知事も、知事の指示があったと認識して井ノ本氏に「根回し」を指示したと認めた。
⚠️ ここからは郷原氏の法的分析に基づく見解です
以下の内容は報道された事実ではなく、専門家による法的分析です。
もし知事が漏えいを指示していたなら、それは行政機関の長が秘密の指定を解除したことになる。
解除された情報は「秘密」ではなくなるため、そもそも守秘義務違反が成立しないのではないか。
郷原氏はそう指摘する。
つまり「知事が指示した」という事実は、井ノ本氏の罪を重くするどころか、犯罪の不成立を裏づける材料にもなりうる。
直感に反する構造だが、法律上はそういう議論になる。
もちろん、捜査の進展で漏えいの中身が具体的に特定されれば状況は変わりうる。
ただ現時点では、起訴に至るハードルは相当に高いといわざるをえない。
📋 起訴を阻む3つの壁
① 漏えい内容が具体的に特定されていない
② 緑ファイルが法律上の「秘密」に当たるか疑問がある
③ 知事の指示が秘密指定の解除にあたりうる
では、井ノ本氏が不起訴になった場合、斎藤知事に対する追及はどうなるのか。
実は、今回の書類送検とは別のルートが動いている。
斎藤知事への波及はあるのか――「地検ルート」の捜査が続く
今回の県警書類送検では知事は対象外。ただし別ルートの地検捜査が続いている。
今回の書類送検で知事の名前は出てこない。
県警への告発は井ノ本氏1人が対象だったからだ。
だが産経新聞の報道によると、神戸学院大の上脇博之教授が2025年6月に神戸地検へ提出した告発状では、井ノ本氏に加えて斎藤知事と片山元副知事も被告発人に含まれている。
この告発は2025年8月に受理され、地検の捜査が続いている。
| 県警ルート | 地検ルート | |
|---|---|---|
| 告発者 | 長瀬猛県議 | 上脇博之教授 |
| 対象者 | 井ノ本氏のみ | 井ノ本・斎藤・片山の3人 |
| 容疑 | 守秘義務違反(実行) | 守秘義務違反(指示・教唆) |
| 進捗 | 書類送検済み | 捜査継続中 |
県警ルートと地検ルートの2系統が並行している。
これが現在の全体像だ。
斎藤知事の主張と第三者委の認定
両者の主張は正面から食い違っている。
FNNの報道によると、斎藤知事は書類送検を受けた取材でこう述べた。
「これまで述べさせていただいている認識と変わらず、私自身が漏えいに関する指示をしたということはありません」
一方、第三者委の報告書は「知事の指示の可能性が高い」と結論づけた。
片山元副知事も第三者委に対して「知事の指示があったと認識して井ノ本氏に指示した」と認めている。
第三者委・片山氏
「知事の指示があった」
斎藤知事
「指示していない」
産経新聞の報道では、斎藤知事は「組織の長として責任を感じている」としつつ、具体的な責任の取り方には言及していない。
刑事責任と政治的責任は別の問題
仮に地検ルートでも不起訴となった場合、刑事上の決着はつく。
しかし郷原氏が指摘するとおり、それで政治的責任が消えるわけではない。
2025年11月には公選法違反など7事件が一斉に不起訴になった前例がある。
守秘義務違反でも同じ結論になるのではないかとの見方は根強い。
ただし上脇教授の告発については地検が独自に捜査を進めており、帰趨はまだわからない。
井ノ本氏の書類送検はひとつの節目だが、兵庫県政をめぐる問題の終着点とはなりそうにない。
この記事のまとめ
- 2026年2月13日、井ノ本知明前総務部長が守秘義務違反の疑いで書類送検された。同日に県職員男性も別件で書類送検されている
- 告発文書問題の発端は2024年3月。元県民局長の死亡、第三者委の認定、懲戒処分を経て、約2年越しの書類送検に至った
- 元特捜検事の郷原信郎弁護士は「起訴は極めて困難」と分析。漏えい内容の未特定、緑ファイルの秘密該当性、知事指示による秘密指定解除という3つの壁がある
- 県警ルートとは別に、斎藤知事・片山元副知事を含む3人への地検ルートの捜査が継続中。今後の焦点は神戸地検の判断に移る
よくある質問(FAQ)
Q1. 井ノ本知明前総務部長はなぜ書類送検されたのか?
元県民局長の私的情報を県議3人に漏えいした地方公務員法(守秘義務)違反の疑い。2026年2月13日に県警が送検した。
Q2. 書類送検と逮捕の違いは?
書類送検は逮捕せずに捜査書類を検察に送る手続き。身柄は拘束されず、起訴・不起訴の判断は検察に委ねられる。
Q3. 守秘義務違反の罰則はどのくらい?
地方公務員法では1年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金。窃盗罪や詐欺罪と比べると極めて軽い。
Q4. なぜ起訴は困難と言われているのか?
漏えい内容の未特定、緑ファイルの秘密該当性への疑問、知事指示による秘密指定解除という3つの法的ハードルがある。
Q5. 斎藤知事も書類送検されたのか?
県警ルートでは対象外。ただし上脇博之教授が井ノ本・斎藤・片山の3人を神戸地検に告発しており、地検の捜査は継続中。
Q6. 同日に書類送検されたもう1人は誰?
元県民局長の私的情報と音声データを外部に流出させた県職員の男性。立花孝志被告がネット上に投稿した情報の流出元とされる。
Q7. 神戸地検の起訴・不起訴の判断はいつ出る?
時期は未定。2025年11月には公選法違反など7事件が一斉に不起訴となった前例があり、今回も慎重な判断が予想される。
Q8. 兵庫県庁内部告発文書問題とは?
2024年3月に元県民局長が斎藤知事らのパワハラ疑惑などを告発する文書を送付したことに端を発する一連の問題。
リアルタイムニュースNAVI 編集部
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📚 参考文献
- 神戸新聞NEXT「兵庫県の前総務部長を書類送検 守秘義務違反疑い」(2026年2月13日)
- 産経新聞「兵庫県の井ノ本元総務部長を地公法違反容疑で書類送検」(2026年2月13日)
- 神戸新聞NEXT「斎藤知事『私自身が情報漏えいを指示したことはない』」(2026年2月13日)
- 神戸新聞NEXT「守秘義務違反疑いで兵庫県の男性職員を書類送検」(2026年2月13日)
- 産経新聞「元県民局長の私的情報漏洩か 守秘義務違反疑いで兵庫県職員の男性も書類送検」(2026年2月13日)
- 産経新聞「兵庫県・前総務部長らを書類送検 斎藤知事『詳細は承知していない』」(2026年2月13日)
- FNN「斎藤知事『私自身が漏えいに関する指示をしたということはない』」(2026年2月13日)
- 郷原信郎の「日本の風景を変えたい」「兵庫県情報漏洩問題、斎藤知事『起訴』の可能性と『政治上の説明責任』」(2025年12月8日)
- 兵庫県公式「秘密漏えい疑いに関する第三者調査委員会の調査報告書の公表」(2025年5月27日)