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「ワクチンを打て」——トランプ政権のCDCから、異例の呼びかけが飛び出した。
3月2日、米CDCの新しい所長代理ジェイ・バタチャリヤ氏がXに動画を投稿し、はしかワクチンの接種を訴えた。
前任のCDCトップはワクチンの安全性に疑問を呈していただけに、この転換は注目を集めている。
背景にはサウスカロライナ州での985人規模の流行と、米国が「はしか排除国」の認定を失う瀬戸際にあるという事情がある。
この記事でわかること
なぜ今、CDCが「ワクチンを打て」と言い出したのか——所長代理交代の裏側
ワクチンに懐疑的だったトランプ政権のCDCが方針を転じた。きっかけは、所長代理の交代だ。
前任者とは正反対のメッセージ
前任のジム・オニール所長代理は昨秋、はしか・おたふく・風疹の3種混合ワクチン(MMRワクチン)の安全性に疑問を投げかけた。
ロイターの報道によると、オニール氏はMMRを3つに分割すべきだとまで主張していた。
科学的根拠は乏しく、専門家から批判の声があがった。
ところが、2月に就任したバタチャリヤ氏はまったく違うメッセージを発した。
Xに投稿した動画で「ワクチンが自分自身と周りの人々を守る最も効果的な方法だ」と語り、CDCとしてリソースを緊急投入すると宣言した。
バタチャリヤ氏の発言(2026年3月2日)
「はしかは予防できる。ワクチン接種が自分自身と周りの人々を守る最も効果的な方法であることに変わりない」——Xへの投稿動画より
同じ政権下のCDCトップが、半年で真逆のことを言っている。
この異常事態の背景には、CDCの激しい人事の嵐がある。
1年で所長代理が3人替わった
CDC所長代理の交代は、これで1年間に3人目になる。
時系列で整理するとこうなる。
① 2025年7月
スーザン・モナレス氏がCDC所長に就任。だがケネディ厚生長官とワクチン政策で衝突し、わずか1カ月で更迭された
② 2025年8月〜2026年2月
オニール氏が所長代理に就任。MMRワクチンの分割を主張し、2026年1月には子どもへの推奨ワクチンを17種から11種に削減した
③ 2026年2月
バタチャリヤ氏がNIH(国立衛生研究所)長官と兼務する形でCDC所長代理に就任
④ 2026年3月2日
はしかワクチン接種を明確に推奨する動画を投稿
ケネディ厚生長官は2025年6月、CDCに予防接種の方針を提言する専門家委員会(ACIP)の委員17人を全員解任している。
HHS(米保健福祉省)の公式発表によれば、子どもへの推奨ワクチンは17種から11種に削減された。
インフルエンザ、ロタウイルス、A型肝炎、髄膜炎菌などが「全員推奨」から外されている。
こうした流れの中で登場したバタチャリヤ氏は、ケネディ長官と同じ路線をたどると見られていた。
「ワクチン懐疑派」のレッテルは正確か
バタチャリヤ氏には「ワクチン懐疑派」のイメージがつきまとう。
ロイターによると、同氏はスタンフォード大学で医学と経済学の博士号を取得した研究者だ。
2020年には、コロナ禍の全面ロックダウンに反対するグレート・バリントン宣言を共同執筆し、政府の規制を厳しく批判した。
ここが重要なのだが、バタチャリヤ氏が反対していたのはワクチンそのもの → ワクチンの義務化だった。
朝鮮日報の報道によれば、同氏は上院公聴会で「米国のはしか流行に対応する最善の方法は、子どもにはしかワクチンを接種することだ」と明言している。
ワクチンの義務化が自発的な接種への信頼を弱めたと主張する一方、小児ワクチンそのものは明確に支持する立場だ。
ポイント
バタチャリヤ氏はワクチン「反対派」ではなく、ワクチン「義務化反対派」だった。この違いが、前任者オニール氏との方針の差を生んでいる。
では、なぜこのタイミングで明確なワクチン推奨に踏み切ったのか。
その答えは、サウスカロライナ州の衝撃的な数字にある。
985人感染、93%が未接種——サウスカロライナ州が突きつけた現実
サウスカロライナ州のはしか流行が、米国の公衆衛生史に残る規模に膨らんでいる。
感染者のほぼ全員がワクチンを打っていなかった
サウスカロライナ州保健当局の公式発表によると、2月27日時点の感染者は985人。
このうち919人——93.3%がワクチン未接種だった。
年齢の内訳はさらに衝撃的だ。
| 年齢区分 | 感染者数 | 割合 |
|---|---|---|
| 5歳未満 | 258人 | 26.2% |
| 5〜17歳 | 633人 | 64.3% |
| 18歳以上 | 85人 | 8.6% |
| 不明 | 9人 | 0.9% |
9割以上が未成年だ。
スパルタンバーグ郡の小学校やホームスクール協同組合、さらにはコストコの店舗でも感染曝露が確認されている。
流行はサウスカロライナ州だけにとどまらない。
The Hillの報道によれば、2026年2月26日時点で全米の感染者は1,136人。
新たな流行が10件発生し、コロラド州やカリフォルニア州にも広がっている。
感染拡大のペース
2025年の米国のはしか感染者は約2,300人で、過去30年間の最多を記録した。2026年はわずか2カ月で1,100人を超え、昨年を上回るペースで推移している。(The Hill)
ニューズウィーク日本版は、2025年の感染者数が前年比で約8倍に膨れあがったと報じている。
ケネディ長官のワクチン懐疑的な発言が接種率の低下に影響したのではないかとの指摘もある。
バタチャリヤ氏がCDCとしてリソースの緊急投入を宣言した背景には、この歯止めのかからない流行があった。
ロイターの報道では、サウスカロライナ州はCDC以外の組織にも応援を求め、民間のCDCファウンデーションに人員を要請している。
「ワクチンが効かない」のではなく「打っていない」
ここで見落としてはいけない事実がある。
985人の感染者のうち、MMRワクチンを2回接種済みで感染した人はわずか26人だった。
全体の2.6%にすぎない。
未接種の感染者
919人(93.3%)
2回接種済みの感染者
26人(2.6%)
MMRワクチンは2回の接種で97%の予防効果があるとされる。
サウスカロライナ州のデータは、まさにその数字を裏づけている。
感染が爆発したのはワクチンが効かなかったからではない。接種しなかった人々に集中して広がったのだ。
公衆衛生学では、はしかの感染力(1人から平均12〜18人にうつる)を封じ込めるには、地域全体で92〜95%のワクチン接種率が必要だとされている。
サウスカロライナ州の一部地域ではこの水準を大きく下回っており、集団免疫が崩壊した状態にあった。
この流行が続くなか、米国はある重大な岐路に立たされている。
「はしか排除国」の看板が消える日——審査延期が意味するもの
米国がはしかの「排除国」でなくなるかもしれない。はしかは過去の病気だと信じられてきた先進国で、いま何が起きているのか。
排除認定喪失の基準に、すでに該当している
はしかの排除認定とは、ある国で同じウイルス株による感染が12カ月以上続いていないことを意味する。
WHOのお墨付きのようなもので、米国は2000年からこの認定を維持してきた。
The Hillの報道によると、2026年1月20日、米国はこの排除認定の喪失基準に技術的に該当した。
テキサス州で始まった大規模流行から1年が経過し、ウイルスの伝播が途切れなかったためだ。
当初、米州のWHO地域事務局であるPAHOは4月13日に審査を予定していた。
ところが、この審査は11月に延期された。
CNNの報道によれば、延期の理由は「ゲノムシーケンシングと生物情報学パイプラインの構築に時間が必要」とされている。
科学的な分析に時間をかけるという建前だが、実質的には判定の先延ばしだろう。
⚠️ ここからは推測です
審査延期の裏には、米国政府の意向がはたらいているのではないか。排除認定の喪失は国際的な信用の失墜を意味し、トランプ政権にとって大きな打撃となる。11月まで時間を稼ぐことで、流行を収束させて認定を守りたいという思惑があるのではないだろうか。
推測はさておき、数字は厳しい現実を示している。
CNNによれば、2026年の最初の2カ月だけで感染者は1,100人を超えた。
例年の年間総数の6倍にあたるペースだ。
国民の84%は「ワクチンは安全」と答えている
この状況で興味深いのが、世論とのギャップだ。
ロイター/イプソスの最新世論調査によると、米国民の84%がMMRなどのワクチンは安全だと回答した。
共和党支持者でも81%が同じ答えだ。
さらに74%が「通学にはワクチン接種を義務づけるべきだ」と答えている。
| 質問 | 全体 | 共和党 |
|---|---|---|
| ワクチンは安全か | 84% | 81% |
| 通学に接種義務は必要か | 74% | 約66% |
| 不要なワクチンが多すぎるか | — | 55%が同意 |
つまり国民の圧倒的多数はワクチンを信頼している。
それにもかかわらず、ケネディ厚生長官は推奨ワクチンを17種から11種に削減し、各州でワクチン義務の免除を拡大しようとしている。
政策は世論の多数派ではなく、政権の中核にいるワクチン懐疑派の声に沿って動いている。
その結果、接種率が下がり、流行が広がり、排除認定を失う瀬戸際に追い込まれた——というのが現在の構図だ。
バタチャリヤ氏の呼びかけが持つ意味
バタチャリヤ氏のワクチン推奨は、この矛盾を埋めようとする動きだといえる。ワクチン懐疑を掲げる政権の中から、流行の現実に押されて軌道修正が始まった。ただし、ケネディ長官のワクチン推奨削減は撤回されておらず、構造的な矛盾は解消されていない。
11月のPAHO審査で排除認定がどうなるか。
感染者数が今のペースで増え続けるのか。
そしてバタチャリヤ氏のワクチン推奨が、政権全体の方針転換につながるのか。
答えはまだ出ていない。
まとめ
- バタチャリヤ氏の呼びかけ:3月2日、CDC所長代理がはしかワクチン接種を明確に推奨。前任者のMMR分割主張から180度転換した
- サウスカロライナ州の流行:985人感染、93.3%が未接種。5歳未満〜17歳が全体の9割を占める
- 排除認定の危機:米国は排除認定喪失の基準にすでに該当。国際審査は4月→11月に延期された
- 世論との乖離:国民の84%はワクチンを安全と回答。政権の政策は世論の多数派と逆方向に動いている
- 構造的な矛盾:ケネディ長官の推奨削減とバタチャリヤ氏のワクチン推奨が同時に存在し、矛盾は未解消
よくある質問(FAQ)
Q1. アメリカではしかは根絶されたのでは?
2000年に排除認定を受けたが、2026年1月に喪失基準に技術的に該当した。認定取り消しの瀬戸際にある。
Q2. バタチャリヤCDC所長代理とはどんな人物?
スタンフォード大で医学・経済学博士号を取得した研究者。NIH長官と兼務しており、小児ワクチン自体は明確に支持している。
Q3. サウスカロライナ州の流行はどのくらい深刻?
2月27日時点で985人が感染。93.3%にあたる919人がワクチン未接種で、9割以上が未成年だった。
Q4. なぜ前のCDC所長代理と方針が違うのか?
前任オニール氏はMMR分割を主張したが、バタチャリヤ氏はワクチン義務化に反対しつつワクチン自体は支持する立場だ。
Q5. MMRワクチンの有効性はどのくらい?
2回接種で97%の予防効果がある。サウスカロライナ州でも接種済み感染者は985人中わずか26人(2.6%)だった。
Q6. はしかの排除認定を失うとどうなる?
国際的な信用の低下につながる。PAHO審査は当初4月予定だったが11月に延期されている。
Q7. 日本への影響はある?
日本は2015年にWHO排除認定を受けているが、ワクチン接種率は95%を下回りつつあり、油断できない状況だ。
Q8. ケネディ厚生長官のワクチン政策はどう変わった?
子ども向け推奨ワクチンを17種から11種に削減。ACIP委員17人を全員解任し、ワクチン懐疑派を起用した。
Q9. アメリカ国民はワクチンをどう思っている?
ロイター/イプソス調査で84%が安全と回答。共和党支持者でも81%が同じ答えで、世論は反ワクチンではない。
Q10. はしかが流行している国はどこ?
米国のほかカナダが2025年に排除認定を喪失。世界的にも接種率低下で再流行が広がっている。
リアルタイムニュースNAVI 編集部
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📚 参考文献
- Reuters「CDC acting director Bhattacharya urges use of measles vaccine」(2026年3月2日)
- The Hill「Acting CDC director Bhattacharya urges measles vaccines」(2026年3月2日)
- 朝鮮日報「トランプ政権 CDC暫定局長にバタチャリヤ氏起用」(2026年2月19日)
- サウスカロライナ州保健当局「DPH Reports 6 New Measles Cases in Upstate」(2026年2月27日)
- CNN「Meeting to determine US measles elimination status pushed back to November」(2026年3月2日)
- Reuters「Americans trust vaccines, school mandates, Reuters/Ipsos poll」(2026年2月25日)
- HHS「Fact Sheet: CDC Childhood Immunization Recommendations」(2026年1月5日)
- ニューズウィーク日本版「反ワクチン政策が人命を奪い始めた」(2026年2月13日)
- BMJ「US doctors withdraw from CDC vaccine committee」(2026年3月2日)
- ロイター日本語版「コロナ政策批判の学者を国立衛生研トップに」(2024年11月27日)