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1週間で105時間労働。
68歳の家政婦が過労死した。
なぜ労災は認められなかったのか。
家事使用人は労働基準法の適用除外だ。
2026年4月8日、遺族が派遣元の事業を承継した会社との和解を発表した。
死亡から約11年を経ての和解である。
ではなぜ、家政婦の過労死は労災認定までにこれほどの時間を要したのか。
この記事でわかること
週105時間の住み込み勤務——68歳家政婦の過労死と和解の全経緯
週105時間——これが、要介護者の自宅で1週間住み込み勤務した68歳の家政婦の総労働時間だ。
週105時間——これが、要介護者の自宅で1週間住み込み勤務した68歳の家政婦の総労働時間だ。
2026年4月8日、遺族が記者会見を開いた。派遣元の事業を承継した「ファインケア」との和解成立を発表した(毎日新聞)。
「2015年5月、女性は要介護者の自宅で泊まり込み勤務後に急性心筋梗塞で死亡」(日本経済新聞)
女性は2015年5月、日常生活で介助を要する利用者宅に泊まり込みで従事。
勤務終了日の夜に急性心筋梗塞を発症して死亡した(日本経済新聞)。
週105時間という数字は、1日あたり1日15時間×7日間の計算になる。
厚生労働省が定める過労死の労災認定基準(発症前1ヶ月でおおむね100時間超)を大きく上回る過酷な労働だった。
驚くべきは、この過労死に一審では労災が認められなかったことだ。
東京地裁は2019年、家事業務を労災対象外と判断。
介護業務だけでは過労とは言えないとして訴えを退けた。
遺族が控訴し、2024年9月の東京高裁判決でようやく労災認定が覆ったのである。
和解の条件は「再発防止」
2026年2月に成立した和解には。示談金の支払いに加え、以下の内容が盛り込まれた(毎日新聞)。
- 故人の夫(79歳)に対する謝罪
- 会社ホームページへの謝罪文1年間掲載
- 再発防止策の実施
遺族は記者会見で「お金より再発防止を重視した」と語ったとされる。
同じような悲劇を繰り返さない——その思いが和解の軸となったのだ。
では、なぜ一審では労災が認められなかったのか。
そこには「家事使用人」という法的な壁があった。
「家事使用人は法律で守られない」——労基法116条2項という壁
家政婦・家政夫として働く人たちは、実は労働基準法上の「労働者」として扱われない。
家政婦として働く人も、会社員と同じように労働基準法で守られている——多くの人はそう思っているかもしれない。
労働時間の上限や休憩、残業代、そして労災保険。
これらは働く人なら当然に受けられる権利だと考えられている。
ところが、家事使用人と呼ばれる家政婦・家政夫は。労働基準法116条2項によって「法律の適用除外」とされているのだ。
つまり、法律上は「労働者」として守られていない。
「労働基準法116条2項は家事使用人に適用しないと規定」(厚生労働省)
労働基準法116条2項:「この法律は。同居の親族のみを使用する事業及び家事使用人については。適用しない」(厚生労働省)。
なぜこんな規定があるのか。
1947年の労基法制定当時。「家庭内の労働は監督が難しい」「家族的な関係の中で働く特殊な雇用形態」といった理屈で適用除外とされた。
以来、約80年にわたってこの規定は維持されている。
労災保険も原則として家事使用人には適用されない。
仕事中のケガや病気で補償を受けられないのだ。
ただし企業に雇用されて派遣される場合は、労災保険の対象となるケースもある。
今回の事案はまさにその「狭間」で争われた。
国際的には「家事労働者も保護すべき」が常識
国際労働機関(ILO)は2011年。「ILO189号条約」を採択した。
家事労働者にも他の労働者と同等の権利を保障する内容だ。
しかし日本はこの条約を批准していない。
日本国内の家事労働者は約31万人と推計されている(労働政策研究・研修機構)。
高齢化で需要が増す一方、法的保護は「空白」のままだ。
では、なぜ今回の事案では最終的に労災が認められたのか。
そのカギは「家事と介護の一体性」という高裁の判断にあった。
高裁が認めた「家事と介護は一体の業務」——労災認定を覆した法的論理
2024年9月、東京高裁は一審判決を覆した。「家事と介護は一体の業務であった。女性は派遣元会社の指揮命令下で働いていた」と判断した。
2024年9月、東京高裁は一審判決を覆し、女性の労災を認定した。
判断を分けたのは「家事と介護は別物か、一体か」という点だった。
| 争点 | 一審(東京地裁)の判断 | 二審(東京高裁)の判断 |
|---|---|---|
| 家事業務 | 労災の対象外 | 会社の指示による業務の一部 |
| 介護業務 | 単独では過労と言えない | 家事と不可分の一体業務 |
| 労働者性 | 家事使用人に該当 | 会社に雇用された労働者 |
高裁が重視したのは、派遣元の会社が女性に対して家事と介護の両方を指示した。労働時間や賃金を明確に分けていなかったことだ(朝日新聞)。
「高裁は『家事・介護を一体として業務とする労働者』と認定」(日本経済新聞)
高裁は「家事・介護を一体として業務とする同社に雇われた労働者」と認定した。労災を認めた(日本経済新聞)。
つまり、派遣元の指揮命令があれば。家事業務であっても会社の業務とみなされる——この判断が。労災適用への道を開いたのだ。
この判決は今後、同様に家事と介護を兼務するヘルパーなどの労災認定にも影響を与えるかもしれない。
「家事か介護か」で線引きするのではない。実態として会社の指揮命令下にあるかどうかが問われることになるだろう。
「時給666円」というもう一つの問題
報道によれば、女性の賃金は日給1万6千円。
休憩時間は深夜0時から5時までの5時間のみとされた。実質的な労働時間は1日19時間だったとされる(Yahoo!ニュース エキスパート)。
これを時給換算すると約666円。
2025年度の東京都最低賃金1,163円の約57%に過ぎない。
劣悪な労働条件が、68歳の命を奪ったと言わざるを得ない。
今回の和解を機に、家事使用人をめぐる法制度の見直しを求める声が強まっている。
家事使用人の「法の空白」——今後どうなる?制度見直しの行方
遺族は記者会見で「家事使用人にも労働基準法を適用してほしい」と訴えた。
遺族は記者会見で「家事使用人にも労働基準法を適用してほしい」と訴えた。
この問題は長年の「法の空白」として認識されながら、抜本的な解決には至っていない。
和解にあたり遺族が最も重視したのは再発防止に取り組むことだった。
会社側は勤務間インターバルの確保などの再発防止策を約束したとされる(NHK)。
しかし、これはあくまで一事業者の取り組みに過ぎない。
制度的な解決には、法改正が不可欠だ。
法改正への課題
厚生労働省は家事使用人の労働条件に関する実態調査を過去に実施しているが。具体的な法改正の動きにはつながっていない。
2016年に策定された「家事サービス労働者の適正な雇用管理に関する指針」も。事業者に対する努力義務を定めるにとどまる。
ILO189号条約の批准も進んでいない。
批准には国内法の整備が前提となるが。労基法116条2項の見直しには。約31万人に及ぶ家事労働者の保護と。利用者家庭の負担増という相反する課題が横たわる。
今回の和解が持つ社会的意義は大きい。
遺族が「再発防止」を条件としたことだ。同様の事案を防ぐための企業努力と制度整備の必要性が改めて浮き彫りになった。
あなたの身近で働く家事労働者は、今も法律の「空白」の中で働いているかもしれない。
まとめ
「本事案のポイント──家事労働者は法律上『労働者』ではない」
- 過酷な労働実態:68歳の女性が週105時間の住み込み勤務後に過労死。一審では労災不認定だった。
- 法の壁:家事使用人は労基法116条2項により労基法・労災保険の適用除外。ILO189号条約も未批准。
- 高裁の転換点:「家事と介護は一体の業務」と認定し、派遣元の指揮命令を重視して労災を認定した。
- 和解の意義:遺族は再発防止を条件に和解。制度見直しの契機となることが期待される。
家事労働者は法律上「労働者」ではない——この現実が、今回の悲劇の根底にある。
あなたはこの事実を知っていただろうか。
よくある質問(FAQ)
Q1. 家政婦の過労死で会社側と和解したのはいつですか?
2026年2月に和解成立。
同年4月8日に遺族が記者会見で公表した。
Q2. 家事使用人とは何ですか?
家庭内で家事に従事する者。
家政婦・家政夫・ベビーシッターなどが該当する。
Q3. 家政婦に労災は適用されますか?
原則適用されない。
労基法116条2項で家事使用人は適用除外とされているため。
Q4. 労働基準法116条2項とは何ですか?
同居親族のみの事業と家事使用人に労基法を適用しないと定めた規定。
Q5. 週105時間労働は労災認定の基準を超えていますか?
超えている。
厚労省基準は発症前1ヶ月でおおむね100時間超。
Q6. なぜ今回の事案では最終的に労災が認められたのですか?
高裁が家事と介護を一体の業務と認定。
派遣元の指揮命令を重視したため。
Q7. 家事使用人の労災保険適用は見直されるのですか?
遺族が法改正を訴えるが、具体的な改正スケジュールは示されていない。
リアルタイムニュースNAVI 編集部
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📚 参考文献
- NHK NEWS WEB「1週間住み込みで働いた家政婦が過労死 遺族が会社側と和解」(2026年4月8日)
- 毎日新聞「家政婦過労死、遺族が会社側と和解 住み込み勤務、一審覆り労災認定」(2026年4月8日)
- 日本経済新聞「家政婦過労死、遺族と会社が和解 高裁で労災認定」(2026年4月8日)
- 朝日新聞「『家事も会社の業務』と認定 家政婦の過労死、高裁で労災認められる」(2024年9月19日)
- 労働政策研究・研修機構「家事使用人の労働者性——家政婦の過労死に関する東京高裁判決」(2024年9月25日)
- 厚生労働省「労働基準法に関するQ&A」
- Yahoo!ニュース エキスパート「住み込みでの24時間拘束労働を1週間行い亡くなったが、労災は不支給」(2024年9月26日)
- yomiuri.co.jp
- hokkaido-np.co.jp