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日野町事件はなぜ冤罪に?有罪の根拠が一審と控訴審で真逆だった

日野町事件の冤罪構造を解説するアイキャッチ。有罪の根拠が真逆——42年の冤罪というテキストと傾いた天秤のシルエット

| 読了時間:約8分

本人が亡くなったあとに裁判がやり直される。
日野町事件は、そんな異例の展開をたどった。

2026年2月24日、最高裁は検察の特別抗告を退けた。
読売新聞の報道によると、戦後初の「死後再審」になる。

事件の発生から42年
なぜこんなに時間がかかったのか。

日野町事件とは——事件から42年、ついに再審が決まった

2026年2月、最高裁の決定で再審開始が確定した。
戦後初の「死後再審」になる。

毎日新聞によると、最高裁第二小法廷の決定は「高裁に誤りがあるとは認められない」とするのみだった。
くわしい理由は示されていない。

裁判官3人の全員一致。
検察官出身の三浦守裁判官は審理に加わらなかった。

1984年、滋賀県日野町で酒店の女性が殺された。
犯人とされたのは常連客の阪原弘さん

無期懲役むきちょうえきが確定し、服役中に75歳で亡くなった。
遺族が引き継いだ再審請求がようやく実を結んだ。

今後、大津地裁で再審が開かれる。
無罪になる見込みが大きい。

では、なぜこんなに時間がかかったのか。

 

 

 

有罪の根拠が一審と控訴審で正反対だった

日野町事件の裁判には、信じがたい矛盾がある。

日弁連の解説によると、一審の大津地裁は阪原さんの自白について「信用性が高いとはいえない」と認めた。
自白の中身には変遷や矛盾が多すぎたからだ。

ところが、自白を退けたはずの一審は有罪にした。
根拠は「間接事実」。店内の指紋や目撃証言だ。


控訴審はまったく逆のことを言った

大阪高裁は、一審が頼った間接事実を「それだけでは犯人と認める根拠にならない」と切り捨てた。

そのうえで高裁は、一審が信用できないとした自白を「基本的根幹部分は十分信用できる」とひっくり返した。

一審(大津地裁)

自白は信用できない
→ 間接事実だけで有罪

控訴審(大阪高裁)

間接事実だけでは足りない
→ 自白を信用して有罪

お互いの根拠を否定し合いながら、結論の「有罪」だけが一致した。

朝日新聞の特集でも、この矛盾が日野町事件の大きな特徴として取り上げられている。
裁判所は「有罪」という結論を先に決め、理屈をあとからつけたのではないか。

阪原さんは裁判で一貫して「やってへん」と訴えた。
だが、その声は届かなかった。

 

 

 

「やっていないなら自白するはずがない」は間違い

多くの人は「本当にやっていないなら嘘の自白なんてしない」と思っている。
この思い込みは、事実に反する。

147人が全員、嘘の自白をした事件がある

元毎日放送記者の里見繁さんは、冤罪取材を30年以上続けてきた。
民放onlineの寄稿で、ある事件を紹介している。

大阪で起きた選挙違反事件。
逮捕された147人の全員が、やってもいない罪を認めた。

最終的に122人が無罪になった。

里見さんによると、取り調べではこんなことが起きていた。
ある人は壁に向かってセミの鳴き真似をさせられた。
人生最悪の屈辱だったと語っている。

夜中に知人から電話がかかってくる。
「あんまり頑張っても長引くだけや。わしは言われるとおりにしたよ」。

これも刑事の差し金だった。仲間が仲間を説得させられる。否認を続ける人が、むしろ迷惑をかけている側にされる。——里見繁氏の寄稿(民放online)より

日野町事件でも、阪原さんは3日間にわたる取り調べで自白した。
事件から3年以上が経ち、記憶があいまいな状態だった。

里見さんはこう書いている。
「取調室では、誰もがそうなる」。

 

 

 

写真ネガが暴いた「捜査のでっちあげ」

自白だけではない。
日野町事件では、捜査そのものに改ざんがあった。

日弁連の解説によると、第二次再審請求で証拠開示された写真ネガを弁護団が精査した。
そこで重大な事実が明らかになった。

引当捜査の写真の順番が入れ替えられていた。

引当捜査ひきあてそうさとは、容疑者が自ら犯行現場を案内して供述の信用性を確かめる手続き。
阪原さんが金庫の投棄場所まで捜査員を案内した、という記録が残されていた。

だが写真ネガを調べると、実際には逆だった。

阪原さんが捜査員を案内した捜査員が最初から場所を知っていた
そこから出発地点に戻る途中の写真を並べ替えていた。

自白の裏付けとされた捜査記録そのものが、つくられたものだった。


里見さんは民放onlineの寄稿で、冤罪に共通する構造をこう指摘している。

「検察官は確信犯」そして「裁判官は不作為犯」

警察は検挙件数にこだわる。
検察は99%を超える有罪率ゆうざいりつを守ろうとする。
そのためには証拠の捏造ねつぞうもいとわない。

一方、裁判官は検察の主張にそのまま乗る。
被告人の訴えに耳を貸さず、再審請求を放置する。

里見さんは、この構造が「意図してつくられる」ものだと断言している。

 

 

 

42年という時間が意味すること——袴田事件との共通点

日野町事件だけの問題ではない。
日本の刑事司法そのものに、同じ構造がある。

2024年9月、袴田巌さんに無罪が言い渡された。
1966年の事件から58年が経っていた。

里見さんは袴田事件も長年取材している。
1998年にはドキュメンタリー『死刑囚の手紙』を制作した。

  日野町事件 袴田事件
事件発生 1984年 1966年
確定判決 無期懲役 死刑
再審決定まで 42年 58年
本人の状況 服役中に死亡 精神を病む
捜査の問題 写真ネガ改ざん 衣類・端布の捏造

二つの事件に共通するのは、捜査機関が証拠をつくり、裁判所がそれを見抜けなかったという点だ。

袴田事件では、犯行着衣とされた5点の衣類が捏造だったと再審判決で認定された。
里見さんによれば、20人以上の裁判官がこの捏造を見破れなかった。


もう一つの共通点がある。
再審請求が始まってから結論が出るまでの時間が、異常に長い。

袴田事件では最初の再審請求から13年以上、なんの証拠調べもなく放置された。
そして突然、棄却された。

冤罪を見つけても、それを正す仕組みが動かない。
日本の再審法には、証拠開示のルールも、審理の期限も定められていない。

時事通信の報道によると、日野町事件は戦後初の「死後再審」となる。
阪原さん本人は、無罪の言葉を聞くことができない。

里見さんは「人が裁くのだから冤罪は起こる」と語っている。
人が裁く以上、間違いはゼロにできない。

だからこそ、間違いに気づいたときにすぐ正せる仕組みが必要だ。
その仕組みが錆びついたまま放置されてきた結果が、42年という数字だった。

まとめ

  • 日野町事件は2026年2月、最高裁の決定で再審開始が確定した。戦後初の「死後再審」になる
  • 一審と控訴審で有罪の根拠が正反対だったにもかかわらず、無期懲役が維持された
  • 写真ネガの精査で、捜査記録の改ざんが発覚した
  • 「やっていないなら自白しない」は事実に反する。密室の取り調べでは、誰もが嘘の自白をしうる
  • 冤罪を正す再審制度の機能不全が、42年という異常な時間を生んだ

日野町事件は終わっていない。
これから大津地裁で再審が始まる。

阪原さんの遺族にとって、ここからが本当のたたかいになる。

よくある質問(FAQ)

Q1. 日野町事件の真犯人は誰ですか?

真犯人は特定されていません。常連客の阪原弘さんが犯人とされましたが、再審開始が決まり無罪の見込みが大きい状況です。

Q2. 日野町事件とはどんな事件ですか?

1984年に滋賀県日野町で酒店の女性が殺害され金庫が奪われた強盗殺人事件です。常連客が逮捕され無期懲役が確定しました。

Q3. なぜ阪原さんは嘘の自白をしたのですか?

事件から3年後に逮捕され、3日間朝から晩まで続いた過酷な取り調べで自白しました。第一回公判からは一貫して否認しています。

Q4. 日野町事件の再審はいつ始まりますか?

2026年2月24日に最高裁が検察の特別抗告を棄却し再審開始が確定しました。今後、大津地裁で再審公判が開かれます。

Q5. 死後再審とは何ですか?

有罪が確定した本人が亡くなったあとに、遺族が再審を請求して裁判がやり直されることです。日野町事件は戦後初の事例です。

Q6. 日野町事件と袴田事件の共通点は?

どちらも捜査機関による証拠の捏造・改ざんがあり、裁判所がそれを見抜けませんでした。再審まで数十年かかった点も同じです。

Q7. 一審と控訴審で判断が違ったのはなぜ?

一審は自白を信用できないとし間接事実で有罪に、控訴審は間接事実だけでは足りないとし自白を信用して有罪にしました。

Q8. 日野町事件の再審で無罪になる見込みは?

写真ネガの改ざん発覚など新証拠により、大津地裁・大阪高裁・最高裁すべてが再審開始を認めており、無罪の公算が大きいです。

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リアルタイムニュースNAVI 編集部

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