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在日イラン人の思いは「不安」だけではない。
体制崩壊への歓迎と、家族の安否への恐怖が同時に渦巻いている。
2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの大規模攻撃を始めた。
恐怖と希望、怒りと歓迎が入り交じる在日イラン人の姿を追った。
「家族が無事だと祈るしかない」——連絡途絶に苦しむ在日イラン人
日本で暮らす約4,400人の在日イラン人が、母国の家族との連絡途絶に直面している。
自分の家族が暮らす街に爆弾が落ち、電話もネットもつながらなかったら。
それが今、在日イラン人に起きていることだ。
しかもこの恐怖は、たった3カ月前にも味わったばかりだった。
東京・板橋区の居酒屋「花門」。
全品400円のデカ盛りで知られるこの店を、30年以上営んできたイラン出身のコルドバッチェ・マンスールさん(62)がいる。
毎日新聞の報道によると、マンスールさんのスマートフォンに妹ファリデさん(55)から20秒ほどの音声メッセージが届いた。
安全な日本の店内と、空爆の下にある母国。
その距離が、たった20秒の音声に詰まっている。
在日イラン人の声
時事通信によると、都内でキッチンカーを営むイラン人の50代男性は「戦争が長期化しないか心配だ。今は家族が無事だと祈るしかない」と語った。
岐阜県内のイラン人男性(56)にも、テヘランの妹からメッセージが届いている。
中日新聞の報道によれば、その内容は「戦争が始まった」「爆発音が聞こえてくる」だった。
これは「二度目の恐怖」だった
連絡が途絶える経験は、実は今回が初めてではない。
2025年12月末に始まった大規模な反政府デモの際、イラン当局はインターネットをほぼ完全に遮断した。
その期間は約3週間に及んだ。
在日イラン人女性の証言
sophia-net.comの取材に応じたサラ・ザヒーリーさんは当時をこう振り返っている。
「自分はインターネットもあり、自由で安全な素晴らしい国での生活を送っているのに、母国の家族や友人は大変なことになっている。でも日本からはどうすることもできない」
3カ月前のデモで3週間。
そして今回の攻撃で再び。
二度目の恐怖が、在日イラン人を襲っている。
ただし、在日イラン人の思いは「不安」だけでは語りきれない。
「イラン革命前に戻ってほしい」——体制崩壊を歓迎する声
母国が爆撃されれば、誰もが怒りと悲しみに暮れる。
そう思うのが自然だろう。
ところが、在日イラン人の中には攻撃を「歓迎」する人がいる。
家族の安否を案じながらも、47年続いた体制の崩壊に期待を寄せているのだ。
共同通信の報道によると、東京・新橋でペルシャ料理店を営むナビド・モハンマディさん(52)はこう語った。
攻撃を歓迎する在日イラン人の声
「イランでは電話やインターネットがチェックされ、自由や権利が奪われている。イラン革命前に戻ってほしい」
モハンマディさんは米国などの攻撃を歓迎する立場を明確にしている。
1979年のイスラム革命で宗教指導者が権力を握る前の、自由だったイランを取り戻したいという願いだ。
毎日新聞の記事タイトルにある「国際社会に戻れるなら」という言葉にも、同じ思いがにじむ。
47年にわたる国際的な孤立から解放されたいという切実な声だろう。
「攻撃を心待ちにしている」イラン国民の本音
この感情は在日イラン人だけのものではない。
JBpressの若宮總氏のレポートは、長年のイラン滞在経験にもとづいてこう報じている。
イラン国内の声
「多くの国民がアメリカのイラン攻撃を心待ちにしている」
「守りたいのは祖国であり、体制ではない」
この一文に、矛盾の正体がある。
家族が空爆の下にいるから不安だ。
しかし、この攻撃が体制を終わらせるなら歓迎する。
守りたいのは祖国であり、体制ではない。
不安と歓迎は矛盾していない。同じ願いの裏表なのだ。
では、なぜここまで自国の体制を憎むのか。
47年の怒りと「国際社会に戻りたい」という願い
在日イラン人の複雑な思いを理解するには、1979年から続く体制の歴史を知る必要がある。
なぜ「国際社会に戻れるなら」という言葉が出てくるのか。
その背景には、革命以来47年にわたる孤立と経済破綻がある。
革命から47年——経済はどこまで壊れたか
1979年のイスラム革命で、宗教指導者が政治の頂点に立つ体制が生まれた。
以来イランは欧米との対立を深め、核開発をめぐる国際社会からの制裁が経済を圧迫し続けてきた。
Wikipediaのイラン抗議デモの記事によると、2025年12月時点でインフレ率は42.2%に達していた。
食料品の価格は前年比72%上昇。
通貨リアルは1ドル=150万リアルという史上最安値を記録した。
| 指標 | 数値 | わかりやすく言うと |
|---|---|---|
| インフレ率 | 42.2% | 去年100円の食パンが今年142円 |
| 食料品の値上がり | 前年比+72% | 食費がほぼ倍に |
| 通貨リアル | 1ドル=150万リアル | 数年で価値が半分以下に |
| デモの死者数 | 2,000人以上 | 数週間で日本の年間交通事故死者に匹敵 |
2025年12月28日、この経済危機に耐えかねたテヘランのバザール商人たちがストライキを始めた。
抗議はまたたく間に全国に広がり、「ハメネイに死を」というスローガンが叫ばれた。
在日イラン人はなぜ日本にいるのか
日本とイランの間には、あまり知られていない歴史がある。
1974年、両国はビザの相互免除協定を結んだ。
1980年代後半、イラン・イラク戦争の終結とバブル景気が重なり、多くのイラン人が日本に渡った。
ピーク時
約4万人
現在
約4,400人
Wikipediaの在日イラン人の記事によれば、1992年にビザ免除が停止されると数は急減した。
マンスールさんのように30年以上日本に暮らし、家庭を築いた人も少なくない。
彼らにとってイランは「帰る国」であると同時に「変わってほしい国」でもある。
その二重の思いが、今回の攻撃に対する複雑な反応を生んでいる。
ハメネイ師死亡——「国際社会に戻れるなら」が現実味を帯びた
そして3月1日、状況は一変した。
ロイターの報道によると、イランの最高指導者ハメネイ師が空爆で死亡した。
86歳だった。
1989年から36年にわたりイランを統治してきた人物だ。
専門家の分析
テレビ朝日の報道で慶應義塾大学大学院の田中浩一郎教授はこう分析した。
「体制をつぶしたい。イランにあるイスラム共和国という体制をつぶさないと、この問題は解決しないんだと。それがアメリカの理屈です」
⚠️ ここからは推測です
ハメネイ師の死亡によって、47年続いた体制の屋台骨は大きく揺らいだのではないか。「国際社会に戻れるなら」という在日イラン人の願いが、単なる希望ではなく現実の選択肢に変わりつつあるように見える。
ただし、体制転換がすぐに実現するかは不透明だ。
イラン革命防衛隊は報復を宣言しており、戦闘の長期化も十分ありうる。
在日イラン人が安心して母国の家族と語り合える日がいつ来るのか、まだ誰にもわからない。
この記事のポイント
- 在日イラン人約4,400人の多くが、母国の家族との連絡途絶に苦しんでいる
- 一方で「体制が変わるなら歓迎する」という声も複数ある
- 不安と歓迎は矛盾ではない。守りたいのは「祖国」であり「体制」ではない
- ハメネイ師の死亡で体制転換の現実味が増したが、先行きは不透明
- 連絡途絶は2025年末のデモに続く「二度目の恐怖」。在日イラン人の苦しみは長期化している
身近にイラン出身の人がいたら、いま母国のことで心を痛めているかもしれない。
その思いは「不安」と「希望」の両方を含む、簡単には一言で言えないものだ。
よくある質問(FAQ)
Q1. 日本に住んでいるイラン人は何人いますか?
2024年6月時点で約4,384人です。1990年代のピーク時は約4万人でしたが、ビザ免除停止後に急減しました。
Q2. なぜ日本にイラン人がいるのですか?
1974年に日本とイランがビザ相互免除協定を結び、1980年代後半のバブル期に多くのイラン人が来日しました。
Q3. 在日イラン人はイラン攻撃をどう受け止めていますか?
家族との連絡途絶への不安と、47年続いた体制の崩壊を歓迎する声が同時に存在しています。
Q4. なぜイラン人は自国への攻撃を歓迎するのですか?
1979年のイスラム革命以降の体制による自由の抑圧や経済破綻への不満が背景にあります。
Q5. イランは親日国ですか?
イランは伝統的に親日的で、日露戦争での日本の勝利や1985年のテヘラン邦人救出が友好関係の基盤になっています。
Q6. ハメネイ師の死亡でイランはどうなりますか?
36年間イランを統治した最高指導者の不在により体制の屋台骨が揺らいでいますが、今後の展開は不透明です。
Q7. イラン攻撃で日本にはどんな影響がありますか?
ホルムズ海峡の航行停止により原油供給への影響が懸念され、エネルギー価格の上昇につながるおそれがあります。
Q8. 在日イラン人はイランに帰国できますか?
攻撃継続中は航空便が欠航しており、帰国は極めて困難な状況にあります。
リアルタイムニュースNAVI 編集部
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📚 参考文献
- 毎日新聞「『国際社会に戻れるなら…』日本で暮らすイラン人、思いさまざま」(2026年3月1日)
- ロイター「米・イスラエルがイランに大規模攻撃」(2026年2月28日)
- ロイター「イラン最高指導者ハメネイ師が空爆で死亡」(2026年3月1日)
- 時事通信「『無事祈る』『連絡取れない』在日イラン人ら不安や憤り」(2026年2月28日)
- 共同通信「イランと連絡途絶え『家族心配』体制に打撃、歓迎の声も」(2026年3月1日)
- 中日新聞「『爆発音が聞こえる』と母国の家族からメッセージも」(2026年2月28日)
- Wikipedia「在日イラン人」
- Wikipedia「2025年-2026年イラン抗議デモ」
- JBpress 若宮總「多くの国民がアメリカのイラン攻撃を心待ちにしている」(2026年2月20日)
- sophia-net.com「在日イラン人ナウ・第2弾」(2026年2月21日)
- テレビ朝日「アメリカのイラン攻撃 専門家に聞く」(2026年2月28日)
- onaji.me「デカ盛り居酒屋『花門』イラン人店主の物語」(2022年12月7日)