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JFEスチール川崎事故、海中から遺体——「初工法」を下請けが実施した構造

| 読了時間:約5分

事故から101日目、水深17メートルのガレキの間に、ようやく見つかった。

2026年4月7日、川崎市の製鉄所でクレーンの解体中に作業員5人が高さ約35メートルから転落し、3人が死亡、1人が行方不明となった。
7月17日、神奈川県警はその現場の海中から遺体が見つかったことを明らかにした。

身元の確認が進められている。

遺体は「誰も止めなかった」工事の、もう一つの結末だ。

この事故には、元請け会社にとって初めての工法を、下請けの下請けの作業員が強風注意報の日に実施していたという背景がある。


JFEスチール川崎事故、海中から遺体——「初工法」を下請けが実施した構造

101日後に海中で見つかった作業員

101 日目、水深 17 メートルのガレキの間に、ようやく見つかった。

JFEスチール 東日本製鉄所(川崎市川崎区扇島)の岸壁でクレーンの解体工事を行っていた作業員 5 人が、高さ約 35 メートルから転落したのは4月7日午後4時17分ごろのことだ。
4人は地上で救助されたが、うち 千葉ケン志朗さん(19) 小池湧さん(29) 上山勝己さん(43) 3 人の死亡が確認された。

残る1人、40代の男性作業員は行方不明のまま捜索が続いていた。

7月16日の朝、事故現場の海中を潜って調べていたダイバーが、水深 17 メートルほどのガレキの間から、人の身体の一部のようなものが飛び出しているのを発見した。

引き上げ作業が行われ、翌17日の午後に遺体と確認された。

TBS NEWS DIG によると、遺体は作業着のようなものを着ており、性別は男性とみられるという。

神奈川県警が身元の確認を進めている。

事故でクレーンの重り(元々 500 トン、事故直前は削り取られて約 400 トン)が落下し、桟橋の鉄板を突き破って海底に沈んだ。

重りと一緒に崩れ落ちたガレキが海底に積み重なり、その間に遺体が留まっていた可能性が高い。

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では、なぜこの場所でこれほど大規模な解体工事が行われていたのか。

「水素の街」への転換工事で起きた

2023年に100年以上続いた高炉の火が消えた日、この場所の運命が決まった。

JFEスチール は2020年に、川崎市扇島の東日本製鉄所(京浜地区)の高炉を休止すると発表した。
日本経済新聞 によると、現場には休止されたJFEスチールの高炉があり、跡地を水素の供給拠点として利用するため不要になった設備などの解体が進められていた。

2023年9月に実際に火が落とされ、鉄鋼生産の役目を終えた扇島の広大な土地(約 222 ヘクタール)は、「次世代エネルギーの拠点」へと姿を変える計画が動き始めた。

その名も「 OHGISHIMA2050 」。

2020年
計画発表
JFEスチールが京浜地区の高炉休止と構造改革を発表
2023年9月
高炉休止
扇島の最後の高炉が停止。100年以上続いた鉄鋼生産が終わる
2026年4月7日
転落事故
アンローダークレーン解体中に重り落下、作業員5人が転落。3人死亡・1人行方不明
2026年4月14日
強制捜査
神奈川県警が東亜建設工業・ベステラを業務上過失致死容疑で家宅捜索
2026年7月17日
遺体発見
事故から 101 日後、水深 17 mの海中から遺体が見つかる。身元確認中

解体工事はその前提となる片付け作業だ。

今回事故が起きたのは、船から鉄鉱石や石炭を陸に積み下ろすための大型の荷役設備「アンローダークレーン」の解体現場だった。

JFEスチールの公式発表 によると、高さ 54 メートル、長さ 104 メートル、幅 30 メートル。

岸壁に設置されたこの巨大な設備は、2009年に稼働を始めてから約 17 年で解体されることになった。

2028年の先行利用開始という計画が既に動き出しているなかで、 解体工事のスケジュールに対する圧力が現場に及んでいたのではないか

事故現場は、脱炭素転換という大きな計画の一部だった。

そしてその現場で採用されていたのは、実はこれが初めてという工法だった。


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「重さ乗用車267台分」が35m上から落ちた

乗用車 267 台分の重さが、 10 階建てビルの高さから落ちた。

事故が起きた直接のきっかけはクレーンのカウンターウェイト(重り)の落下だ。

重りは円柱形で直径 6 メートル、長さ 9 メートル、主にコンクリートでできている。

落下前の段階でも約 400 トンあった。

乗用車1台を約1.5トンとすると、単純計算で 267台分に相当する重さ だ。

約400トン(重り) ÷ 1.5トン(乗用車1台)= 約 267 台分

高さ約35メートル ÷ 3.5メートル(1階分)= 約 10 階建て相当

重りを外すには、まず軽くする必要があった。

しかし、岸壁の桟橋(さんばし=船着き場に張り出した通路)の耐えられる重さに限りがあるため、いったん地上に降ろしてから解体する通常の工法が使えなかったとされる。

そのため選ばれたのが、高さ 35 メートルの位置にある重りの上に重機を乗せ、 内部のコンクリートをそのまま空中で削り崩していく工法 だった。


通常工法
地上に降ろして解体

桟橋の耐荷重に限りがあり、今回の現場では採用できなかったとされる

今回の工法
空中で削り崩す

高さ35mの重りの上に重機を乗せ、コンクリートを削って軽くしてから外す。
元請けにとって初めての試み

日本経済新聞 によると、事故当時、5人の作業員は重りの上で作業をしていた。
1人が重機を操ってコンクリートを砕き、他の4人は砕けたコンクリートを運ぶ役割だった。

そこへ何らかの原因で重りが落下し、5人は重りと一緒に転落した。

重りは桟橋の鉄板を突き破り、 現場に海面が見えるほどの大穴を開けて 海に沈んだ。

でも、なぜ誰もこの工事を止めなかったのか。


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初めての工法を、下請けの下請けが実施した

東亜として初めて実施した工法だった 」——元請け会社の 東亜建設工業 は、4月14日の記者会見でそう認めた。

工法の決定までの経緯はこうだ。

解体工事を受注した元請けの東亜建設工業は、1次下請けにあたる ベステラ株式会社 (東京・江東区)からこの工法を提案された。

「海上から全体を持ち上げて運ぶ」別の方法も検討したが、つり上げた際の安定性などを考慮し、「安全と確認して採用した」と説明している。

しかし 東亜にとってはその工法を使うこと自体が初めての試み だった。

そして実際に重りの上で重機を動かし、コンクリートを削っていたのは 2次・3次下請けの作業員たち だった。


1
JFEスチール (発注者)がアンローダークレーンの解体工事を東亜建設工業に発注
2
東亜建設工業 (元請け)が1次下請けのベステラから「空中で削る工法」を提案される。 同社にとって初めての工法 を採用
3
ベステラ (1次下請け)が工法を設計・提案。施工を担当
4
2次・3次下請けの作業員 が高さ35mの重りの上に乗り、実際にコンクリートを削る作業を実施

さらにその日、川崎市には 強風注意報 が出ていた。
日本経済新聞 によると、事故当時、川崎市には横浜地方気象台から強風注意報が発令されていた。

労働安全衛生法 に定められたクレーン等安全規則では、10分間の平均風速が毎秒 10 メートル以上の強風のときは作業を中止しなければならないと義務づけられている。

注意報が発令されていた状況で、 高さ35メートルの高所での大型重量物の解体作業が続けられていた

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ここで見えてくる構造がある。

工法を選ぶ権限を持つ側(元請けと1次下請け)と、実際に身体でリスクを担う側(2次・3次下請けの現場作業員)は別々の人間だった。

「ベステラが提案した」「東亜が安全と確認した」「JFEが発注した」と、複数の組織が手順を踏んで決定したという事実が、逆に 「自分だけの責任ではない」という感覚を各組織に生みやすくしていたのではないか

誰もが誰かが止めると思っていた——そういう状態が生まれやすい構造だった。

日本経済新聞 によると、4月14日、神奈川県警は業務上過失致死(安全対策を怠って人を死なせた疑い)の容疑で、 東亜建設工業横浜支店 ベステラ本社 に家宅捜索(強制的な証拠品の押収調査)に入った。

では捜査は、この構造のどこに刑事責任を見出そうとしているのか。


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捜査はこれからが本番

遺体が確認された今、捜査の焦点はようやく「 誰が決めたか 」に絞られてくる。

家宅捜索で押収された書類には、工法の選定に関わったやり取りや、当日の作業に関する記録が含まれているとみられる。

初めての工法をどのようなプロセスで採用したか 」と「 強風注意報が出ていた状況で高所作業の継続を誰が判断したか 」の2点が、業務上過失致死の立件に向けた焦点になるだろう。

捜査の焦点①
初工法の採用過程
誰がどう判断してベステラ提案の工法を承認したか
捜査の焦点②
強風下での作業継続判断
注意報発令中の高所作業継続を誰が決定したか
押収済み
関連書類
東亜建設工業横浜支店・ベステラ本社から押収。分析継続中

この構造が問われるという点は、建設や製造の現場に関わる人にとって他人事ではない。

工法を選ぶ会議には出ていなくても、現場で「これは大丈夫なのか」と感じた瞬間に声を上げられる仕組みがあったかどうか。

共同通信 によると、神奈川県警は書類を押収して身元確認を進めており、押収した関連資料を分析し立件の可否を慎重に検討するとしている。

書類が答えを持っているとしたら、その中身次第で 東亜建設工業 ベステラ の現場責任者や役員が書類送検される展開もあるのではないか。

19歳、29歳、43歳の3人が命を落とし、40代の1人が101日間にわたり海の底にいた

この事故が突きつけているのは「誰が安全を判断し、誰がリスクを負うか」という問いだ。

その問いへの答えは、押収された書類の中にある。

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「誰が安全を確認したか」という問いへの答えは複数の組織に分散していた——その分散こそが、 誰も止めなかった現場を作った構造 だったのかもしれない。

まとめ

  • 4月7日の事故から101日後の7月17日、水深17メートルのガレキの間で行方不明だった40代男性作業員の可能性がある遺体が見つかった(身元確認中)
  • 元請けの東亜建設工業にとって「初めて実施した工法」を、2次・3次下請けの作業員が実際に担っていた——工法を選ぶ側と身体でリスクを負う側が最初から分かれていた
  • 事故当日、川崎市には強風注意報が出ており、労働安全衛生法上の高所作業中止義務との関係が捜査の焦点となっている
  • 重り(約400トン=乗用車267台分)が高さ35メートルから落下して桟橋を突き破った衝撃の大きさが、101日間の海中捜索難航の背景にある
  • 4月14日に東亜建設工業横浜支店とベステラ本社が業務上過失致死容疑で家宅捜索を受けており、押収書類の分析が今後の立件の鍵を握る

よくある質問(FAQ)

Q1. JFEスチール川崎の転落事故とはどんな事故だったのか?

2026年4月7日、川崎市川崎区扇島のJFEスチール東日本製鉄所でクレーンの解体中に作業員5人が高さ約35メートルから転落し、3人が死亡、1人が行方不明、1人が重傷を負った労働災害です。

Q2. 海中から見つかった遺体は行方不明の作業員と確認されたのか?

2026年7月17日時点では身元確認中です。

作業着のような服を着た男性の遺体が水深17メートルのガレキの間で発見され、神奈川県警が40代の行方不明男性との照合を進めています。

Q3. なぜ事故から101日も経って遺体が見つかったのか?

約400トンの重りが落下して桟橋の鉄板を突き破り、海底にガレキが積み重なったため、遺体がその間に留まっていた可能性が高いとされています。

潜水士による捜索が続けられていました。

Q4. 「初めての工法」とはどういう意味か?

元請けの東亜建設工業にとって、重りの上に重機を乗せてコンクリートを空中で削り崩す工法を採用したのは本件が初めてでした。
1次下請けのベステラからの提案を受けて選んだと会見で説明しています。

Q5. なぜ強風注意報が出ていたのに作業を続けたのか?

強風注意報発令下での高所作業継続の判断が誰によって行われたかは捜査中で詳細は不明です。

労働安全衛生法では平均風速10m/s以上の強風時にはクレーン作業を中止する義務があり、この点が捜査の焦点の一つとされています。

Q6. 東亜建設工業とベステラはどんな会社か?

東亜建設工業は横浜市に支店を置く建設会社で今回の解体工事を元請けとして受注しました。

ベステラはプラント解体を専門とする会社で東京・江東区に本社があり、今回は1次下請けにあたります。

Q7. 業務上過失致死の捜査はどこまで進んでいるか?

2026年4月14日に神奈川県警が東亜建設工業横浜支店とベステラ本社を業務上過失致死容疑で家宅捜索し、関連書類を押収しました。
2026年7月17日時点では押収資料の分析が続いており立件の可否を検討中です。

📚 参考文献

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リアルタイムニュースNAVI 編集部

reaitimenews.com

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