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生きていれば18歳。
あの日がなければ、今年高校を卒業していた。
2026年3月3日、熊本市の寺で法要が営まれた。
15年前のこの日に殺害された清水心(ここ)ちゃんの遺影は、両手でピースをする笑顔のままだ。
母・真夕さん(53)は産経新聞の取材に「いつも笑顔で明るい子だったところは18歳になっていても変わらないだろう」としのんだ。
2011年3月3日のひな祭りの夜、スーパーで何が起きたのか。
遺族の15年間と、母親がこの春踏み出した「思いもよらない一歩」を追う。
この記事でわかること
ひな祭りの夜に奪われた命 ― 熊本3歳女児殺害事件とは
2011年3月3日夜、熊本市北区のスーパーで3歳の心ちゃんが殺害された。
心ちゃんは清水家の4番目の子で、唯一の女の子だった。
上に3人の兄がいる。
警察庁の記録に残る父・誠一郎さんの講演では、「心がいる家庭は、太陽の周りを回っている私たちを照らしてくれていました」と語られている。
事件当日、心ちゃんは保育園のひな祭り行事に参加していた。
手作りのひな人形を持ち帰ったその夜、家族で近所のスーパーに買い物に出かける。
事件の概要
Wikipediaの事件記事によると、犯人は熊本学園大学2年の男(当時20歳)。わいせつ目的でスーパーのトイレ周辺を3時間以上うろつき、1人でトイレに向かった心ちゃんを障害者用トイレに連れ込んだ。首を絞めて殺害し、遺体をリュックサックに入れて持ち去り、近くの排水路に遺棄した。
犯人は殺人・強制わいせつ致死・死体遺棄の罪で起訴された。
裁判員裁判で無期懲役が言い渡され、2013年6月に最高裁で確定している。
「忘れられかけた事件」になった理由
この事件を知らない人は少なくない。
理由がある。
事件の8日後に東日本大震災が発生した。
Wikipediaには「それ以降は全国のニュース報道は縮小気味であった」と記されている。
2011年3月という時期が、事件を全国に伝える機会を奪った。
ひな祭りの日に、手作りのひな人形を持ち帰ったその夜に命を奪われた3歳の女の子。事件から15年が経つ今、あらためてその全容を知る意味がある。
だが、この事件の恐ろしさは概要だけでは伝わらない。
事件当日、父親が娘を追ってトイレに向かったとき、壁の向こうで何が起きていたのか。
「パパ、トイレに行っていい?」 ― 事件当日に起きたこと
買い物中に子供が「トイレ行きたい」と言う。多くの親が経験する、ごく日常的な場面だ。
あの日の清水家も、そんな何気ない一幕の中にいた。
FNNの報道によると、心ちゃんは事件の直前、母親にこう話しかけている。
「ママぎゅって、ハグして」
――事件当日、心ちゃんが母に伝えた言葉(FNN報道)
いつもは言わないのに、その日だけ母にハグをせがんだ。
数時間後、家族はスーパーへ向かう。
19時30分、15メートルの距離
父・清水誠一郎さんの講演記録が、当日の経緯を分刻みで伝えている。
① 16時ごろ
犯人がスーパーのトイレ周辺をうろつき始める。以後3時間以上、標的を探していた
② 19時30分ごろ
心ちゃんが「パパ、トイレに行っていい?」と父に言う。父は「ちょっと待ちなさい」と一度止めたが、「どうしても今行きたい」と答えた心ちゃんはスキップでトイレへ向かった
③ 直後
父は角を曲がる心ちゃんの姿を目で追い、すぐにトイレへ向かった。距離は約15メートル
④ 数分後
何度名前を呼んでも返事がない。男子トイレ、女子トイレを確認するが姿はない
⑤ 障害者用トイレ
父がドアをノックすると、中から「使用しています」と男の声が返ってきた
⑥ 19時45分ごろ
男がリュックサックを大きく膨らませてトイレから出てくる
⑦ 20時ごろ
閉店後も心ちゃんが見つからず、母が通報
⑧ 20時10分ごろ
犯人が排水路に遺体を遺棄
⑨ 翌朝
遺体が発見される
壁1枚の向こうの真実
「使用しています」。
父がノックしたとき、中から返事をしたのは犯人だった。
父は障害者の方と仕事で接しており、むやみにドアを開けることをためらった。
その数メートルの壁の向こうで、まさにその瞬間、犯行が行われていた。
父がノックした壁の向こうで、娘はすでに命を奪われていた。
さらに19時45分、犯人がリュックを膨らませてトイレを出たとき、遺族は犯人とすれ違っていた。
娘の遺体が入ったリュックを背負った男と、娘を探す両親がすれ違う。事件の残酷さを象徴する場面だ。
事件後、ネット上にはこんな声があふれた。
「なぜ3歳を1人でトイレに行かせたのか」「親がついていくべきだった」
だが事実は違う。
父は15メートル先から娘を目で追い、すぐにトイレへ向かい、ドアをノックまでしている。
犯人は3時間前から待ち伏せしていた。計画的な犯行の前では、通常の注意では防ぎきれなかった。
FNNの報道が伝える犯人の供述がそれを裏づける。
「本当は小学生くらいの子を探したが、近くにいなかったので心ちゃんを狙った」。
誰の子供が被害に遭ってもおかしくない、身勝手な犯行だった。
あの夜から15年。
娘を救えなかった悔恨を抱えながら、清水家はどう歩んできたのか。