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映画が終わった後に、本当の話が始まる。
映画『Michael/マイケル』は世界興行収入 9億3000万ドル を突破し、音楽の伝記映画(実在の音楽家の生涯を映画にした作品)として歴代No.1のヒットを記録した。
だがこの映画、描いているのはマイケルが 1987年 にアルバム「バッド」を出すところまでだ。
その後の 17年間 ——最初の妻との純愛と破局、そして「スターの本性」と呼ぶべき支配欲——は、スクリーンのどこにも映らない。
マイケルが死の 3年 後に元妻が書き残した回顧録には、映画では絶対に描けなかった真実が刻まれていた。
この記事でわかること
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映画館が"ライブ会場"になった理由
公開 3 日で 10億円 超え。
それでもこの映画には"描かれなかった部分"がある。
日本では 2026年6月12日 の公開初日から 3日間 で、動員 67万2056人 ・興行収入 10億9002万3220円 を記録した。
2026年公開の実写映画(邦画・洋画含む)でNo.1 のスタートだ。
ソニーミュージック が公式発表している。
世界では 6月15日 時点で 9億3000万ドル を超え、 ボヘミアン・ラプソディ (2018年、世界興収 9億1100万ドル )を上回り、音楽の伝記映画として 世界歴代No.1 となった。
各地の映画館では、観客が席を立って踊りだす場面が続出した。
マイケルの楽曲に合わせて体を動かし、上映終了後に拍手が起こる——もはや「映画を観に行く」というより「ライブに参戦する」感覚に近い体験だったのではないか。
ところが映画が描くのは、マイケルがソロとして頂点を極めた 1987年 「バッド」の時点まで。
1993年8月 、少年への性的な虐待(加害行為)の疑いで訴えられた時点以降、 映画は沈黙する 。
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その翌年にマイケルが結婚した相手こそ、 リサ・マリー・プレスリー だった。
"偽装婚"と言われた2人の本当の始まり
世間は「疑惑隠しの偽装婚だ」と言った。
母 プリシラ さえも、そう疑っていた。
1994年 、マイケルが最初に結婚した相手は、 エルヴィス・プレスリー の一粒種(たったひとりの子ども)である リサ・マリー・プレスリー ( 1968年2月1日 〜 2023年1月12日 )だった。
性的虐待の疑惑で世間が揺れている最中の電撃婚は、「疑惑を隠すための偽装だ」と広く報じられた。
リサ・マリーの母・ プリシラ・プレスリー も、自身の回顧録(自分の人生をふり返って書いた本)の中でこう断じた。
madameFIGARO.jp によると、「マイケルが結婚したのはリサ・マリーではなく、プレスリーという名前のためだ。
異性愛者としての良いイメージが必要だったのだ」と。
だがリサ・マリー本人は、生涯を通してこの見方を 否定した 。
1995年6月 、ABCの番組でダイアン・ソーヤーのインタビューを夫婦で受け、「恋に落ちたから結婚したのだ」と明言した。
「セックスはしているか?」という直接的な質問にも、2人は声をそろえて「もちろん!」と答えた。
プリシラの「偽装婚」という解釈は、あくまでも母の視点からの見方にすぎない。
中から見たリサ・マリーにとって、それは 本物の恋愛だった 。
では、2人はいつ、どこで出会い、どうやって惹かれ合ったのか。
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17年越しで"白いドレス"を言い当てた男
「彼女は白いドレスを着ていた」——マイケルが 16年後 に正確に言い当てた言葉。
リサ・マリーとマイケルの初対面は 1975年 にさかのぼる。
リサが 7歳 、マイケルが 17歳 のときだ。
場所はラスベガス。
父エルヴィスのコンサートに同行したリサは、同じ時期にジャクソン5としてショーをしていたマイケルと初めて会った。
リサ・マリー自身はそのことを覚えていなかった。
ところが 16年後 、マイケルは「彼女が白いドレスを着ていた」と 正確に言い当てた 。
7歳 の少女の服装を、10代の少年が 16年後 も記憶していたのだ。
リサ・マリーがマイケルに初めて会ったのは 1975年 。
当時マイケルは 17歳 で、ジャクソン5のメンバーとしてラスベガスでショーをしていた。
リサはその後、一切覚えていなかったが、マイケルだけは白いドレスの色まで記憶し続けた。
1992年 頃、2人は再び親しくなった。
当時リサは ダニー・キーオ という別の男性と結婚し、 2人 の子どももいた。
だがマイケルは頻繁に電話をかけてくるようになり、 1993年 の疑惑告発後もリサ・マリーは電話で気遣い続けた。
PRESIDENT Online が報じている。
ラスベガスのホテルで、マイケルは部屋の電気を消した。
真っ暗な中でこう言ったという。
「あなたは気づいていないかもしれないけど、僕は完全に恋をしている。
結婚して僕の子どもを産んでほしい」と。
プロポーズの際にマイケルは「 35歳 でまだ処女だ」とも告白した。
テイタム・オニール や ブルック・シールズ との交際はあったが、キスどまり。
マドンナ から誘われたこともあったが何も起きなかった——とリサ・マリーは回顧録に残した。
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だがリサ・マリーは、この恋の先に「ある確信」を持っていた。
マイケルが本当に欲しかったのは、妻ではなく——。
"産んだら捨てる"と読んでいたリサ・マリー
「私を捨てて、表舞台から閉め出すだろう」——リサ・マリーが残した言葉。
リサ・マリーは自身の回顧録(遺作となった『 From Here to the Great Unknown 』)の中で、こう書き残した。
PRESIDENT Online が訳文を紹介している。
「マイケルは何でも自分でコントロールしたがった。
私が思ったのは、マイケルは私に子どもを産ませたら、私を捨てて、表舞台(子どもの生活)から閉め出すだろうということだった。
私は彼の本質を知っていた。
彼は非常に 支配的で、計算高い人 だった」
これはリサ・マリー自身が書いた言葉だ。
「純愛だった」と言い続けた彼女が、同時に「産んだら捨てられる」と確信していた。
しびれを切らしたマイケルは、「君が産まないなら、 デビー・ロウ が子どもを産んでくれるそうだよ」と告げた。
リサ・マリーは「じゃあデビー・ロウとやればいい」と強く反発した。
このデビー・ロウは実際に後にマイケルの 2人目 の妻となり、 プリンス と パリス という 2人 の子どもを産んでいる。
「もし産まなければ」という脅し文句は、計画のひとつだった のだろう。
もうひとつの離婚原因は薬物への依存だった。
結婚当初はなかったが、しだいにマイケルは麻酔科医を常に手元に置き、 ぼーっとした状態 を見せるようになった。
リサ・マリーは「薬物と取り巻きか、私か」という選択を迫ったが、マイケルは「あまりにも多くの質問をする」彼女を遠ざけるようになった。
父エルヴィスを睡眠薬などの過剰摂取で失っていたリサ・マリーにとって、ここだけは絶対に譲れない一線だった。
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心理学の領域では、幼いころに支配的な親のもとで育った人が、大人になってから「完全にコントロールできる環境」を強く求める傾向が知られている。
マイケルが「母親の影響も誰の影響も与えたくない」と子育てへの独占を求めた行動は、愛情だけでは説明しきれない 支配欲の表れ だったのではないか。
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別居は 1995年12月 、離婚申請は 1996年1月 、離婚成立は同年 8月 。
わずか 1年半 の結婚生活だった。
映画の"続き"がリサ・マリーを描く日
エルヴィスの娘は「映画の世界」にすでに足を踏み入れていた。
リサ・マリーは『 エルヴィス 』(2022年)にも『 プリシラ 』(2023年)にも登場している。
エルヴィスの娘として生まれた彼女は、映画の中ですでに確固としたキャラクターだ。
映画『Michael/マイケル』の続編制作が発表されている中で、リサ・マリーが登場する選択は制作側にとって避けられないものだろう。
リサ・マリーが登場する可能性がある理由は 2つ ある。
①彼女はすでに複数の映画のキャラクターとして確立している。
② 「キング・オブ・ロック」の娘と「キング・オブ・ポップ」の純愛と破局 は、それ単独で映画1本分の価値がある物語だ。
一方、プリシラは自身の回顧録( 2025年9月 発売の『 Softly, As I Leave You: Life After Elvis 』)の中でマイケルを「マニピュレーター(操る人間)」と評した。
娘は「純愛だった」と言い続け、母は「操られた」と断じた。
同じ男への評価が母娘でまったく逆になるほど、マイケルという人物は多面的だった。
madameFIGARO.jp が詳しく伝えている。
映画の続編でリサ・マリーが登場したとき、あなたはどちらの目線でスクリーンを見るだろうか。
「映画が描かなかった支配欲」を知っているかどうかで、同じ場面の見え方がまるで変わるはずだ。
離婚条件の一部として、リサ・マリーはマイケルのアルバム『 History 』のロイヤリティ(音楽作品の売り上げから支払われる権利使用料)の一部を受け取ることになった。
1年半 の純愛の清算が「印税の分配」という形で決まる——そのシビアな後日談もまた、映画には映らない。
映画が切り取った「最良の時代」の裏側に、 「すべてを知っていた」と言い切った元妻の言葉がある 。
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まとめ
- 映画『Michael/マイケル』は世界興収で音楽の伝記映画として歴代No.1を記録したが、1993年の疑惑告発以降は描かれず、最初の妻・リサ・マリーとの結婚生活は映画に登場しない
- 「偽装婚」と世間に言われた結婚について、リサ・マリー本人は「純愛だった」と一貫して否定したが、同時に「子どもを産んだら捨てられる」とマイケルの計画を見抜いていた
- マイケルが「デビー・ロウが産んでくれる」と告げた後、実際にデビー・ロウが2人の子どもを産んでいる——このエピソードが、計算高さという本性を最も鮮明に映し出している
- リサ・マリーが離婚を決断した理由は「支配欲への確信」と「薬物依存の悪化」という2つの要因が重なったためで、父エルヴィスを薬物で失った経験が後者を絶対に譲れない線にした
- 回顧録『From Here to the Great Unknown』はリサ・マリーの遺作であり、「純愛と支配欲が同居していた」というマイケルの実像を、映画の続編が描く前に知れる唯一の一次資料だ
よくある質問(FAQ)
Q1. マイケル・ジャクソンとリサ・マリー・プレスリーの結婚は偽装だったのですか?
リサ・マリー本人は生涯を通じて偽装婚を否定し、「純愛だった」と言い続けた。
一方、母プリシラは「プレスリーの名前と結婚した」と批判的に述べた。
見方は真っ向から分かれている。
Q2. デビー・ロウとはどんな人で、なぜマイケルの子どもを産んだのですか?
デビー・ロウはマイケルの2人目の妻。
リサ・マリーが出産を拒んだ後、マイケルが「デビー・ロウが産んでくれる」と告げ、その後実際に2人の子どもを産んだ。
Q3. リサ・マリー・プレスリーはなぜマイケルと離婚したのですか?
リサ・マリーの回顧録によると、「子どもを産んだら捨てられる」という確信と、マイケルの薬物依存の悪化が重なったことが離婚の理由。
結婚生活はわずか約1年半だった。
Q4. 映画『マイケル』ではなぜ1993年以降の出来事が描かれないのですか?
映画は1987年のアルバム「バッド」リリースの時点までを描いており、1993年8月の少年への性的虐待疑惑以降は映画に登場しない。
続編の制作が発表されている。
Q5. リサ・マリー・プレスリーはいつ亡くなりましたか?
2023年1月12日に54歳で亡くなった。
遺作となった回顧録『From Here to the Great Unknown』は2024年10月に出版され、マイケルとの結婚生活が赤裸々につづられている。
Q6. 映画『マイケル』の続編にリサ・マリーは登場しますか?
続編制作は発表されているが、リサ・マリーの登場可否は現時点では公表されていない。
ただし彼女はすでに映画『エルヴィス』『プリシラ』に登場しており、続編での起用は十分に考えられるだろう。
Q7. マイケル・ジャクソンの子どもの親権は誰が持っていたのですか?
デビー・ロウが産んだプリンスとパリスはマイケルが引き取り育てた。
デビー・ロウとマイケルは2000年に離婚している。
📚 参考文献
- ソニーミュージック「映画『Michael/マイケル』が2026年実写映画No.1の特大スタート!初週末興収10.9億円、動員67万人突破!!大ヒット御礼で入場者特典第二弾&応援上映が決定!」 (2026年6月)
- PRESIDENT Online「子どもを産ませたら、私を捨てる 映画『マイケル』では描けない元妻が明かした2人の純愛と"スターの本性"」 (2026年6月21日)
- madameFIGARO.jp「マイケル・ジャクソンはロボットのようだった プリシラ・プレスリーが娘リサ・マリーとポップ界の王様との結婚を振り返る。」 (2025年9月27日)
- 映画.com「Michael マイケル 初週末興収10.9億円、動員67万人の2026年実写映画No.1スタート!入場者特典第2弾&応援上映決定」 (2026年6月15日)
- madameFIGARO.jp「マイケル・ジャクソンを支えた妻、リサ・マリー・プレスリーの愛。」 (2023年2月5日)
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リアルタイムニュースNAVI 編集部
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