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「あの決断は…僕にとって本当に命がけでした」——その言葉は記者会見室ではなく、東京ドームのファンの前で涙と共に放たれた。
2026年5月31日、嵐のリーダー・ 大野智 (45)が STARTO ENTERTAINMENT を退所する。
嵐の活動終了と同じこの日、14歳で芸能界に入って以来約32年間のアイドル人生に区切りがつく。
ただし本人のコメントに「引退」の二文字は一度も登場しない。
退所の意思が実は7年前の2019年の会見で既に公言されていたこと、そして「命がけ」という言葉がなぜライブ終盤でしか語られなかったのか——その経緯をここでたどる。
この記事でわかること
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大野智は「引退」とは一言も言っていない
「自分らしくマイペースに出来る事をやっていけたら」——この言葉に 「引退」の二文字はない 。
STARTO ENTERTAINMENT は 2026年2月28日 、大野智が同年5月31日をもって退所することを公式サイトで発表した。
発表にあわせて大野本人もコメントを公開した。
しかしそのコメントを読み返すと、芸能活動の停止や引退を宣言する言葉は一切見当たらない。
グループ内での退所はこれが 3 人目だ。
モデルプレス によると、 二宮和也 が 2023年10月 に退所し、 松本潤 が 2024年5月 に退所している。
二宮は新会社「オフィスにの」を、松本は新会社「MJC Inc.」をそれぞれ設立して芸能活動を継続中だ。
- 大野智 :2026年5月31日退所(嵐活動終了と同日)
- 松本潤 :2024年5月退所→「MJC Inc.」を設立して活動継続
- 二宮和也 :2023年10月退所→「オフィスにの」を設立して活動継続
退所後の具体的な活動について、本人からも事務所からも発表はない。
「自分らしくマイペースに」という言葉が示すとおり、退所後の実態は現時点では白紙の状態だ。
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では、この退所はいつどのように決まったのか。
実は、その意思は7年前にさかのぼる。
事務所への退所意思は2019年会見で既に口にしていた
2017年6月 、大野は4人のメンバーを集め「自由な生活がしたい」と打ち明けた。
これが嵐の活動休止へと向かう出発点だ。
モデルプレス が掲載した2019年1月27日の活動休止会見全文によると、大野は「2020年をもって自分の嵐の活動を終えたいと。
勝手ではありますが、何事にも縛られず自由な生活をしたいと自分の想いを伝えました」と経緯を語っている。
その後、メンバー全員で話し合いを重ね、 2018年6月 に決断。
2019年1月の公式発表に至った。
注目すべきは、この会見で大野が 事務所への退所意思を既に口にしていた 点だ。
モデルプレス の会見全文には、大野が「最初は活動を終えたいとメンバー含め皆さんに報告したときに、終えたいという思いになったときは、やはりこの事務所を辞めなくては、自分としてはけじめがつかないなと思っていた」と語る場面がある。
つまり大野は、 2019年 の段階で既に「退所しなければけじめがつかない」という考えを公の場で明かしていたことになる。
大野智の決断・9年間の軌跡
- 2017年6月 意向伝達
メンバー4人に「自由な生活がしたい」「嵐の活動を終えたい」と打ち明ける
- 2018年6月 決断
メンバー・事務所との話し合いを経て「活動休止」という形で決断
- 2019年1月 公式発表
活動休止を公式発表。
会見で「事務所を辞めなくてはけじめがつかない」と退所意思を明言 - 2019年12月 命がけ発言
「5×20」全50公演の最終公演終盤。
涙ながらに「本当に命がけでした」とファンの前で告白 - 2021年1月 芸能活動休止
嵐の活動休止と同時に芸能活動も休止。
以後、宮古島を拠点に過ごしたとされる - 2026年2月 退所発表
STARTO社が5月31日付の退所を公式発表。
大野本人もコメントを公開 - 2026年5月31日 退所・活動終了
嵐のラストライブ(東京ドーム)と同日にSTARTO ENTERTAINMENTを退所。
約32年間のアイドル人生に区切り
2017年の意向伝達から2026年の退所まで、9年間の段階的な決断の積み重ねがあったとみられる
それでも当時は退所に至らなかった。
メンバーや事務所との話し合いの末、「活動休止」という形に落ち着いたからだ。
その9年間で最も重い瞬間は、記者会見室ではなくライブ会場で訪れた。
2019年12月、ファンに向けて大野が口にした言葉が、その決断の重さを最もよく語っている。
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「本当に命がけでした」──ライブ終盤の涙の告白
「あの(活動休止の)決断は…僕にとって本当に命がけでした」—— 日テレNEWS NNN によると、大野がこう語ったのは 2019年12月 の「ARASHI Anniversary Tour 5×20」最終公演の終盤だった。
全 50 公演、 237万5000人 を動員した20周年ツアーの集大成となったその夜、大野は言葉を詰まらせながら続けた。
「ツアーの最中に休止発表させてもらいましたけど、 発表後の4月からのツアーは正直、怖かったです 」。
さらに「本当にみんなが本当に優しい目で見ていてくれたから。
本当に優しい顔で見守ってくれたから。
きょう、最後までやりきることができました」と絞り出すような声で語った。
なぜ、この言葉は記者会見ではなくライブの場でしか出てこなかったのか。
2019年会見でも「事務所を辞めなければ」と退所意思を口にしてはいた。
しかし 「命がけ」という最も生々しい本音は、会見室では語られなかった 。
活動休止発表後のツアーを「怖かった」と述べながらも50公演を走り抜けた——その量の積み重ねが、ファンへの信頼感という質的な変化を生んだとみられる。
50公演の完走という体験がなければ、あの言葉は生まれなかっただろう。
ライブ会場でのみ「命がけ」と打ち明けられたのは、 50 公演を共に走り抜けたファンとの信頼関係が背景にあったとみられる。
記者会見という「公の場」ではなく、ファンの前という「信頼の場」でのみ本音が解放された——それが大野智という人物の本質をよく表している。
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これほどの重さを抱えながら、大野は嵐リーダーとして何を積み上げてきたのか。
数字で見ると、その軌跡の大きさが改めて際立つ。
歌・ダンス・アート・俳優──大野智が残したもの
5 年以上のブランクを経てリリースした新曲「Five」は、配信初日だけで ORICON NEWS が オリコン史上最高 と報じた 320.9万回 再生を記録した。
ちなみに東京ドームの収容人数は約 5万5000 人。
この1日の再生数は、単純計算で東京ドームが約 58 回満員になるほどの規模だ(320.9万÷5.5万≒58)。
それ以前の嵐の配信自己最高は「Whenever You Call」の 98万5000 回だった。
「Five」はその数字を一気に 3 倍以上上回った。
5年のブランクがあっても、これほどの需要が蓄積されていたということになる。
歌とダンスは、大野のキャリアの出発点から際立っていた。
音楽ナタリー によると、デビュー当初から圧倒的な歌唱力とダンスでグループの核を担い、不動の地位を確立した。
俳優としてもTBS系「魔王」、日本テレビ系「怪物くん」、フジテレビ系「鍵のかかった部屋」などに主演し、アイドルの枠を超えた存在感を示した。
さらに、 インターネットミュージアム によると、大野は 2008年 の「FREESTYLE」展に始まり、 2015年 の上海・東京・大阪での「FREESTYLE II」、 2020年 の六本木ヒルズでの作品展と、 3 度にわたる個展を開催してきた。
累計で約 12万人 を動員した。
歌手・俳優・アーティストという 三つの顔を一人の人間が持ち続けた27年間 だった。
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これだけの実績を積んだ大野が、退所後に向かう先は——。
芸能界の外に、もう一つの世界を作り始めていたとされる。
退所後の大野智、次の舞台は宮古島か
芸能活動を休止したあの5年間、大野はカメラの前ではなく、沖縄の離島でまったく別の時間を過ごしていたとされる。
複数の報道によると、大野は活動休止中から 宮古島でリゾートホテルの経営 に関わり、大半の時間をそこで過ごしていたという。
ただしこれは芸能関係者情報に基づくものであり、 大野本人や事務所が公式に認めた事実ではない 。
退所後の活動について モデルプレス に掲載された大野のコメントは、「嵐活動終了後は、自分らしくマイペースに出来る事をやっていけたらと思っています」というものだけだ。
「引退」も「復帰」も、どちらも語っていない。
「退所=芸能界の終わり」ではなく、「アイドルとしての大野智の区切り」と「別の大野智の始まり」が重なるタイミングかもしれない。
2026年5月31日、大野智はSTARTOを退所する。
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14歳から始まった約 32 年間のアイドル人生に区切りを打ち、次の章へと歩み出す。
その行き先は、まだ誰にも分からない。
まとめ
- 大野智は2026年5月31日にSTARTO ENTERTAINMENTを退所するが、本人のコメントに「引退」の言葉は一度も登場しない。退所後の具体的な活動は現時点で未発表だ
- 退所の意思は2026年に突然生まれたものではなく、2017年に4人へ意向を伝え、2019年の活動休止会見でも「辞めなくてはけじめがつかない」と公言するなど、9年間の段階的な積み重ねの結果だ
- 「命がけ」発言は記者会見室ではなく、2019年12月「5×20」ツアー全50公演完走の夜、ファンの前で涙ながらに語られた。50公演を走り抜けたことで生まれたファンへの信頼が、あの言葉を解放したとみられる
- 嵐の新曲「Five」は5年以上のブランク後の配信初日に320.9万回再生でオリコン史上最高を記録した。それ以前の自己最高の3倍超という数字が、大野不在の5年間に積み上がった需要の大きさを示している
- グループ内退所は二宮(2023年10月)・松本(2024年5月)に続く3人目。この退所は「嵐の終わり」であると同時に、アイドル以外の大野智が動き出すタイミングと重なっている
9年越しの決断が今日完結する——それでも大野智は、この終わりを「自分らしくマイペースに」という言葉の先に置いたままだ。
よくある質問(FAQ)
Q1. 大野智はなぜSTARTO ENTERTAINMENTを退所するのか?
大野は2017年にメンバーへ「自由な生活がしたい」と意向を伝え、2019年会見でも事務所退所の意思を公言していた。
嵐の活動終了に合わせる形で9年越しの決断が実現した。
Q2. 大野智の退所後の活動は?引退するのか?
本人は「自分らしくマイペースに出来る事をやっていけたら」と述べるのみで「引退」とは一言も言っていない。
退所後の具体的な活動は本人・事務所ともに未発表だ。
Q3. 大野智はなぜ辞めたのか、理由は何か?
2017年に「何事にも縛られず自由な生活がしたい」とメンバーに打ち明けたことが発端。
2019年会見では「事務所を辞めなくてはけじめがつかない」と退所意思を公言していた。
Q4. 大野智の現在の状況は?活動休止中は何をしていたか?
2021年1月から芸能活動を休止。
複数の報道によると活動休止中は宮古島でリゾートホテル経営に関わっていたとされるが、本人は公式に認めていない。
Q5. 「命がけ」という発言はいつ・どこで語られたのか?
2019年12月の「ARASHI Anniversary Tour 5×20」全50公演の最終公演終盤、ファンの前で涙ながらに語られた。
記者会見ではなくライブ会場でのみ放たれた言葉だ。
Q6. 嵐のメンバーで退所したのは大野智だけか?
グループ内退所は大野で3人目。
二宮和也が2023年10月、松本潤が2024年5月に退所し、二宮は「オフィスにの」、松本は「MJC Inc.」を設立して活動している。
Q7. 大野智の退所後、宮古島のホテルビジネスはどうなるのか?
芸能関係者情報によると、活動休止中から宮古島のリゾート施設経営に関わっており、退所後もその拠点を中心に活動するとみられる。
ただし本人は公式に発表していない。
📚 参考文献
- STARTO ENTERTAINMENT「大野智(嵐)に関するご報告」 (2026年2月28日)
- モデルプレス「嵐・大野智、5月31日にSTARTO社退所を発表 グループ活動終了後は『自分らしくマイペースに出来る事を』【全文】」 (2026年3月1日)
- モデルプレス「<嵐会見全文/前編>大野智の決断に『衝撃』『ひっくり返った』メンバーの思い…『5人じゃなきゃ嵐じゃない』活動休止決定に至るまで」 (2019年1月27日)
- ORICON NEWS「嵐、約5年ぶりの新曲『Five』がデイリー1位 ストリーミング&デジタルシングル2冠 オリコン史上最高記録も」 (2026年3月5日)
- アイエム インターネットミュージアム「嵐・大野智さん、5年ぶりの作品展が開催」
- 音楽ナタリー「嵐・大野智がグループ活動終了と同時にSTARTO社退所へ」 (2026年2月28日)
- news.livedoor.com
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- x.com
リアルタイムニュースNAVI 編集部
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