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「補正予算と決別する」。
高市首相がそう宣言してからわずか11日で飛び出したのは、正反対にも聞こえる言葉だった。
方針撤回ではない。
首相答弁の真意と、背景にある中東リスクを整理する。
この記事でわかること
施政方針演説からわずか11日——「補正予算決別」と「ゼロではない」は矛盾するのか
高市首相の答弁は、方針の撤回ではない。「毎年の慣例としての補正予算」と「危機への緊急対応」を分けた発言だったと読める。
2月20日「決別」、3月3日「ゼロではない」
首相官邸の施政方針演説で、高市首相はこう述べた。
「毎年補正予算が組まれることを前提とした予算編成と決別し、必要な予算は可能な限り当初予算で措置します」
(2026年2月20日・施政方針演説)
この発言の背景には、2025年度の補正予算がある。
日本経済新聞の報道によると、その規模は18兆3,034億円。
コロナ禍以降で最大だった。
「当初予算で絞って、補正で積み増す」。
この繰り返しが財政規律を緩めているとの批判は根強い。
高市首相の「決別」宣言は、そうした慣行を断ち切る意思表示だった。
ところが3月3日、衆院予算委員会で風向きが変わる。
「(2026年度当初予算に)できる限り盛り込んだ」としたうえで、中東情勢の長期化なら補正予算編成の「可能性はゼロではない」
(2026年3月3日・毎日新聞報道)
TBSの報道も同様の内容を伝えている。
矛盾ではなく、2つの「補正予算」がある
一見すると手のひら返しに見える。
だが、答弁を注意深く読むと構図が浮かぶ。
首相が「決別」したかったのは、毎年の秋に追加の予算を組むのが当たり前になっていた慣行だ。
ロイターの報道でも「毎年補正予算を編成する慣例を止め」と伝えられている。
一方、今回の「ゼロではない」は、2月28日に始まった米・イスラエルのイラン攻撃という、就任時には予見できなかった危機を受けてのものだ。
| 慣例の補正予算 | 危機対応の補正予算 | |
|---|---|---|
| 目的 | 当初予算の穴埋め | 予見不能な緊急対策 |
| 時期 | 毎年秋の臨時国会 | 危機発生後に随時 |
| 首相の立場 | 「決別」を宣言 | 「ゼロではない」と含み |
慣例としての補正予算と、危機対応の補正予算は別物——首相がこの区別を明言したわけではないが、答弁の文脈からはそう読み取れる。
⚠️ ただし、この解釈はあくまで答弁の文脈に基づく推測だ。
「結局は補正予算に逃げるのではないか」という懸念が消えたわけではない。
実際に補正予算を組めば「決別」の看板に傷がつくのは避けられないだろう。
では、首相にここまで踏み込ませた中東情勢とは、どれほど深刻なのか。
原油82ドル、備蓄254日分——中東情勢が日本経済に突きつけるリスク
石油の備蓄は約8カ月半分ある。だが安心するのは早い。天然ガスには制度的な備蓄がなく、在庫は約3週間分しかない。
イラン攻撃からホルムズ海峡封鎖へ
2月28日、米国とイスラエルがイランへの大規模な軍事攻撃を始めた。
野村総合研究所のコラムによると、空爆でイランの最高指導者ハメネイ師が死亡した。
2025年6月の前回攻撃よりも大規模で、長期化するリスクが高いという。
東洋経済オンラインは、国際指標の北海ブレント原油が一時1バレル82ドルまで急騰したと報じた。
年初から10ドル以上の上昇だ。
イラン革命防衛隊はホルムズ海峡の封鎖を主張。
多くの海運会社が運航を停止し、事実上の封鎖状態になっている。
(日本総研・2026年3月2日)
日本が輸入する原油の9割超が中東から届く。
その大半が通るホルムズ海峡が使えなくなれば、影響は直撃する。
石油254日分の「安心」と、天然ガス3週間の「盲点」
テレビ朝日の報道によると、高市首相は石油備蓄が254日分あると明らかにした。
内訳は国家備蓄が146日分、民間備蓄が101日分、産油国との共同備蓄が7日分。
約8カ月半分だ。
ただし、ここに盲点がある。
石油が254日分あるから安心 → 天然ガス(LNG)には制度的備蓄がなく在庫は約3週間分
野村證券の岡崎康平氏が指摘している。
天然ガスは日本の火力発電の主力燃料だ。
石油が8カ月半もつ一方で、電力の命綱であるLNG(液化天然ガス)が3週間で底をつきかねない。
石油備蓄
254日分
天然ガス在庫
約3週間分
封鎖が長引けば電力供給のほうが先に追い込まれるおそれがある。
電気代の不安は、この構造的な弱点から来ている。
3つのシナリオ——最悪ならガソリン200円超
専門機関の試算を並べると、事態の深刻さが数字で見えてくる。
| シナリオ | 原油価格 | GDP影響 |
|---|---|---|
| 楽観(短期収束) | 約77ドル | 軽微 |
| ベース(長期化) | 87ドル | ▲0.18% |
| 悲観(完全封鎖) | 140ドル | ▲0.65% |
出典:NRI(楽観〜悲観)、野村證券(100ドル到達時は▲0.3%程度と試算)
NRIのベースシナリオでは、ガソリン価格が約3割上昇しリットル200円を超える。
暫定税率の廃止で下がった分が帳消しになる計算だ。
日本総研の石川智久氏は、最悪のケースで原油が120ドルまで上がり「21世紀のオイルショック」に警戒が必要だと述べている。
毎月の電気代やガソリン代に不安を感じているなら、この問題はあなたの財布に直結している。
日本経済への打撃は無視できない。
では、政府には補正予算以外にどんな手が残されているのか。
補正予算なしでも打てる手はある——予備費8,600億円と電気ガス補助の行方
補正予算を待たなくても、使えるお金はある。2025年度の予備費が約8,600億円、未使用のまま残っている。
予備費とは何か
予備費とは、年度の予算にあらかじめ組み込まれた「予備の資金」だ。
国会の新たな議決なしに、政府の判断で使える。
野村證券の分析によると、コロナ禍の2021年度に予備費を年度またぎで使った前例がある。
つまり制度上、2025年度の予備費を4月以降の対策に使うことも不可能ではない。
8,600億円は2025年度補正予算(18.3兆円)の約20分の1にすぎない。
大規模な対策には足りないが、電気・ガス補助の延長程度なら対応できる規模だ。
電気・ガス補助は4月以降どうなるか
現在の電気・ガス料金の補助は、2026年1〜3月の使用分まで。
2025年度の補正予算で手当て済みだ。
FNNの報道によると、高市首相は3日の衆院予算委で2つのことを述べている。
「LNGの輸入価格は上昇したとしても、電気・ガス料金がただちに上昇することはない」
「いま直ちに延長を判断する段階にない」
(2026年3月3日・FNN報道)
首相は慎重だ。
だが与党内には温度差がある。
自民党の鈴木幹事長は同日の記者会見で、原油高騰による電気・ガス料金への跳ね返りを懸念する発言をしている。
LNGの価格が上がっても、電気料金に反映されるまでには数カ月のタイムラグがある。
この数カ月が、政府にとっての判断猶予だろう。
今後の見通し——3段階のエスカレーション
⚠️ ここからは現時点の情報に基づく推測だ。
中東情勢の推移によって、政府の対応は段階的に進むとみられる。
第1段階(3〜4月):予備費で機動的に対応
情勢が短期で収束すれば、予備費の範囲で電気・ガス補助の延長や追加の物価対策を行う。
第2段階(5〜6月以降):補助延長が本格議論に
原油価格が80ドル台後半で推移し続ければ、4月以降の補助延長が政治課題になる。
NRIの試算では、この水準でも物価は0.31%押し上げられる。
第3段階(夏以降):補正予算が現実味を帯びる
ホルムズ海峡の封鎖が長期化し原油が100ドルを超えれば、予備費では足りない。
首相が言った「ゼロではない」が現実になる局面だ。
予備費→補助延長→補正予算という3段階のエスカレーション。
首相の「ゼロではない」は、この最終段階を視野に入れた発言だったのだろう。
方針転換ではなく、危機の深刻度に応じた段階的な対応——そう位置づければ、「決別」と「ゼロではない」は一応の筋が通る。
ただし、実際に補正予算を組むことになれば、就任5カ月で看板政策に修正を迫られた事実は残る。
問われるのは「決別」の言葉の重さだ。
まとめ
- 高市首相の「ゼロではない」は方針撤回ではなく、中東危機という想定外への含みだった
- 石油備蓄は254日分あるが、LNG在庫は約3週間分。電力供給の脆弱さが盲点
- 2025年度の予備費が約8,600億円残っており、補正予算の前にまず使える手段がある
- 中東情勢の長期化なら「予備費→補助延長→補正予算」の3段階で対応が進む見通し
- 「決別」を掲げた政権が最初の危機にどう向き合うか。財政規律の本気度が試されている
よくある質問(FAQ)
Q1. 高市首相の「補正予算と決別」方針は撤回されたのか?
撤回ではない。毎年の慣例としての補正予算をやめる方針は維持しつつ、中東危機への対応として限定的に可能性に言及した。
Q2. ホルムズ海峡が封鎖されると日本にどんな影響がある?
日本は原油の9割超を中東に依存しており、封鎖が長期化すれば原油・ガス価格が高騰し、ガソリンや電気代が大幅に上がるおそれがある。
Q3. 石油備蓄254日分で足りるのか?
石油は約8カ月半分あるが、火力発電の主力燃料である天然ガス(LNG)には制度的備蓄がなく在庫は約3週間分しかない。
Q4. 電気・ガス料金の補助は4月以降も延長されるのか?
高市首相は「直ちに延長を判断する段階にない」としているが、中東情勢が長期化すれば延長が議論される見通し。
Q5. 補正予算はいつ編成されるのか?
現時点で決定はしていない。まず予備費(約8,600億円)で対応し、情勢が長期化すれば夏以降に補正予算が現実味を帯びる。
Q6. ガソリン価格はどこまで上がるのか?
NRIの試算では、ベースシナリオで約3割上昇しリットル200円超。最悪シナリオでは原油140ドルでさらなる高騰のおそれ。
Q7. 2025年度の予備費はいくら残っているのか?
野村證券の分析によると約8,600億円が未使用で残っている。コロナ禍では年度をまたいで使った前例もある。
リアルタイムニュースNAVI 編集部
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📚 参考文献
- 首相官邸「第221回国会における高市内閣総理大臣施政方針演説」(2026年2月20日)
- ロイター「国内投資促進へ複数年度予算、具体的な指標で市場の信認確保 高市氏が施政方針」(2026年2月20日)
- 日本経済新聞「25年度補正予算が成立 18.3兆円規模、物価高対策を重視」(2025年12月16日)
- 野村総合研究所「イラン攻撃で高まる原油価格上昇リスクと日本経済への影響試算」(2026年3月2日)
- 東洋経済オンライン「中東情勢緊迫とホルムズ封鎖で高騰するエネルギー価格」(2026年3月3日)
- 野村證券「イラン攻撃でホルムズ海峡、実質航行不能に」(2026年3月2日)
- 日本総研「イスラエル・米国がイラン攻撃〜中東情勢が世界経済に与える影響について」(2026年3月2日)
- テレビ朝日「高市総理『石油備蓄は254日分』」(2026年3月2日)
- FNNプライムオンライン「高市首相『電気・ガス料金ただちに上昇しない』」(2026年3月3日)
- infoseek(TBS NEWS DIG)「イラン情勢めぐり国会論戦」(2026年3月3日)